葉桜が来た夏〈3〉白夜のオーバード (電撃文庫)

【葉桜が来た夏 3.白夜のオーバード】 夏海公司/森井しづき 電撃文庫

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相変わらず、この主人公の土壇場での肝の据わり方は凄絶ですらあり、震撼させられる。前回は他人の人生を秤にかけ、今度は自分の命をチップに乗せる。その時の状況における最善と信じる結果を引き出すために、そのタイミングを逃さない。その瞬間、一切躊躇わない。
ただ度胸があるだけではない。まず相手を交渉の場に引きずり出すために必要な要素を見極める洞察力、その要素を活用する応用力、論理力、説得力、演出力。最大限に生かすために必要なタイミングを見極める判断力。リスクを背負う事を躊躇わない決断力。
若くして、まだ青年と呼ぶのも躊躇われる年頃でありながら、既にこの少年には正しき資質、ライトスタッフが備わっているのだ。
彼には正しく政治家の、というよりも為政者、人の上に立つ者としての資質があるのだろう。他人の命を背負い、人生を背負い、それらをチップとしてより良い未来を引き摺りよせる覚悟を持つ器を備えている。
まだ誰も気づいていないだろうけれど……いや、彼の父親やアポストリの中枢の幾人か、そして今回の水無瀬を含めて幾人かは薄々と察し始めているかもしれないけれど、彼という存在が人間とアポストリを繋ぐ位置にいるということは、今後とてつもない大きな要素として両者の種族に重きを為していくのかもしれない。
今のところ彼は国家や種族などという大きな括りにとらわれず、個人の想いに基づいて、出来る範囲の事をしているだけなのだけれど、そういう立場であるからこそ、しがらみに囚われず両者の益となる結果を導くことが出来る可能性を秘めているように思えてくるのだ。
アポストリを憎悪し、人間を嫌悪していた彼だからこそ、その恣意的な行動は両者に対して公平な結果をもたらすように思える。

そんなあくまで個人の恣意で動いている主人公に対して、葉桜はアポルトリの重鎮の関係者という立場に自らを括りつけてきたわけだけど、今回はそれを思いっきり投げ出して、彼女個人の迷いを優先してしまったわけだ。
学はそんな葉桜の迷いを肯定してくれたけれど、彼女としては今まで自分の拠り所としていた部分を自分から放棄してしまったわけですから、次の巻あたりから新たなアイデンティティの構築にだいぶ苦労するんじゃないだろうか。
ただ冒頭の彼女の学への甘えっぷりを見る限り、私的な関係性においては学とのそれはもう単純な共棲関係をすっ飛ばしてるとしか思えないんですけどね。だから、公的な足場の置きどころを失っても、彼女が立てなくなるというのは無さそう。学も、そんなパートナーの不安定な部分を支えることはできるだろうし。

でも、この人間とアポストリの異種族間の恋愛には、今更ながらだけど大きな壁があるのだなあ、と実感。学が葉桜への感情を自覚するにつれて、その事実はよりリアルな現実として目の前に突きつけられてくるわけだ。
単純に、人間とアポストリとの間にはアポストリしか生まれない、という事実だけで、両者が本当の意味で混ざり合うことは不可能であり、いびつな共生関係を続けるしかない間柄を抜け出せない、という事になるわけだし。せめて混血が生まれるなら、長い時間をかけて両者の隔たりがなくなることもあるんだろうけど。
こればっかりは政治でどうにかなる領域ではないし。個人の視点で見るなら、二人が幸せならいいじゃない、で終わっちゃうんでしょうけどね。この物語の主人公である二人は、立場上、また性格上でもそういった一般市民の立場で自己完結してしまえる人じゃないしなあ。いや、学はどうかわからないけど、葉桜はね。
日本政府の方もきな臭い動きが見えてきたし、なかなか先行き厳しいなあ。