ROOM NO.1301 #11  彼女はファンタスティック! (富士見ミステリー文庫)

【ROOM NO.1301 #11 彼女はファンタスティック!】 新井輝/さっち 富士見ミステリー文庫

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ど、どぎゃああああ!(大爆笑

後日談のあんまりと言えばあんまりにもROOM NO.1301的すぎる物凄いハッピーエンドに引っ繰り返ったサ!!
これって、つまるところホタルの完全勝利で、ある意味親の仇を子が討った、みたいな形になるのかなあ。

主人公である健一の、常人とどこかズレた常識、倫理観は最後まで一貫して……変だったなあ。
この人のセックスという行為に対する考え方というのは、いったいなんだったのか。千夜子という普通の恋人がいるにも関わらず、幾人もの女性と肉体関係を結んでいく、という表面上だけみると単なるスケコマシなんだけど……。セックスという行為をスポーツ的なもの、気軽に遊び感覚で行うような軽いモノとして見ているわけではないんですよね。かと言って、普通の人が常識的に受け止めているような、重大で人間関係に凄まじい激震を与え、太いきずなを結び、あるいは他者との関係を破壊してしまうような、とても大変な行為、とも捉えていない。
在る場面では、ホイホイと関係を結んでしまうくせに、ある場面では徹底的に関係を結ぶことを拒んでいる。
快楽を求めて行っているようでもない。実際、ヤッてる最中は野獣化することはたびたび描写されてますけど、快楽を求めて関係を結ぼうと自分から求めるようなことは、最後までなかったんですよね。
かといって、無軌道に流されるまましていたわけでもない。綾さんとはしばらく何度も求められても拒んでましたし、日奈のときなんか激怒してはねのけてる。
どうやら、健一には彼なりのしっかりとした一貫性のある考え方があるみたいだったんですよね。本人がその一貫性を自覚して、判断し、行動していたかは怪しいですけど。
んで、ずっと考えてたんですけど。どうも健一はこのセックスという行為を無意識に一つのツールとして捉えていたんではないかと。
相手に幸せになってもらうための。
そう考えると、どうして恋人であるはずの千夜子とは最後まで肉体関係を結ばなかったのか。日奈の求めに対して、あれほど激しく反発したのか。綾さんと、途中何度も拒みながら、そのまま最後まで拒むでもなく、のちにもう一度関係を結ぶことになったのか。
有馬冴子と、あれほど抵抗感なく毎晩のようにセックスしていたのか。
狭霧の要求に、抵抗しきれなかったのか。
なーんか、ほとんどのパターンで健一のルールが明快に見えてくるんですよね。
微妙なのは、錦織さんのあれだけか(苦笑

と、そうしたパターンから唯一外れる例があって、それがホタルとの情交だったんですよね。あれだけは、他の人との関係と明らかに違っていたわけで。健一が唯一と言っていいほど自分から求めた関係であり、その関係が破綻するまでの間の浮かれ方、破綻後の落ち込み方を見る限り、私は健一が唯一ちゃんと恋をし、愛を交わし、普通の男らしく好きになった女が、このホタル――実の姉である蛍子だったのではと、考えていたんです。
結局この二人の関係は、両親に見つかり、決定的な形で引き裂かれて、否応なく終わってしまった、と思ってたんですけどねー。
なにしろ、ホタルは別の男と結婚しちゃったわけですし。

それがそれが。
徐々に話が進むにつれて、ホタルが身籠った子供がどうやら、ダンナの子じゃないと匂わされたり。
なんと、その事実を旦那の圭一郎さんは承知だったという驚愕の真実が明らかになったり。
そもそも、この二人は世間体のために共謀した偽装夫婦だったり。
健一とホタルの父親の、秘められた過去が明らかになったり。

と、あれ? あれ? あれ? と思うような事実が重ねられてきた挙句に

あの後日談ですよ(苦笑


一番怪しかった、有馬冴子への健ちゃんの気持ちは、有馬冴子本人が同情心だった、と位置付けて、逝ってしまいましたし。真実はどこにあったかわかりませんけど。心の問題ですし、相手がこの世から去ってしまった以上は決して明らかにならない問題でもあるのですから。冴子が、健ちゃんの心を同情だったと固定して去っていった姿は、彼女が彼の事を本当によく理解していたのが透けて見えて……切なかったですねえ。
冴子の方はどう思っていたのか。これも、最後までよくわからなかったですけど。好きだなんだ、というのはもう通り越していたんでしょうね。一度死んだ彼女の心に、もう一度生を与えたのは間違いなく、健一との出会いであり、あのマンションの十三階での生活だったのでしょうから。特に名前をつけなくてもいい、掛け替えのないものだったからこそのあの態度、と思ってしまいます。


どこか空虚で、自己の意識が薄い健一。彼が常に自分の在り方と他人との関係、コミュニケーションに自問自答を続けているのは、それだけ自分という存在の確かさが不安なのか、それともそうして曖昧で形のない<自分>や<他人>や<人間関係>というものを理解しようとしていないと……寂しさに挫けてしまいそうになってしまうからか。

あの十三階の人たちは、そんな健一に共感し、理解し、受け入れることで彼の傍に寄り添うことが出来ていたんだろうけれど、でもそのままではいられないことは、みんな分かっていたから、いずれあの部屋を出ていくことが皆の中で前提として横たわっていたのでした。
立ちあがれないほど傷ついて、顔も上げられないほど落ち込んで、人として生きていけないほどに崩れてしまった人たちが辿りついたあの13階。そこで、皆は自分とは全然違う、とてもよく似た魂の人たちと出会い、寄り添うことでもう一度人間として生きていくための息吹を呼び込んで、でもだからこそそこから出ていかなければならなかった。
千夜子は、多分健一には本質的な意味では寄り添えない人なんでしょう。きっと彼を永遠に理解しようと努力し続けながら、永遠に理解できずにいる人。でも、それが不幸なのかと言えば、健一にとっても千夜子にとってもそんなことはこれっぽっちもなくて。
千夜子と健一はどうしようもない断絶によって隔てられた明確な<他人>同士であるからこそ、きっとこれからもずっと一緒にいられる存在なのでしょう。多くの人たちが、健一と千夜子は一緒にいるべきだ、なんて口ずさむのは、みんなそれがわかってるからなんだろうなあ。

こう言っちゃなんだけど、健一って結局何も変わってないんですよね。その本質は一切変わってない。その考え方の異端さも、何も変わってない。だから、きっと必要があれば、これからも誰かとえっちするんでしょう。それは、ちょっと疑えない。千夜子は、大変だぜ、これ。


と、表の決着は見事に千夜子さんが正式に公式の恋人として、健一に認めさせたわけですけど。
あの後日談見せられると、ねえ(苦笑

やっぱり、ホタルの大勝利、だよなあ、これは。
恋愛がうまくない、とか言いつつ、健一は見事に、恐らくは彼の生涯唯一の恋愛を、成就させたわけだ、この野郎(笑

まあ、長らくホタル派だった自分としては、望外のラストだったのでした、っと。
まったく、不思議で変でけったいで、でも真摯で奇妙な生真面目さで綴られたおかしなおかしな青春譚でした。ミステリーっちゃ、これほどミステリーだった話もなかったなあ。でも、忘れられない強烈な話でもありました。
奇作にして怪作だったなあ、ほんと。