SHI-NO-シノ-  君の笑顔 (富士見ミステリー文庫)

【SHI−NO −シノ− 君の笑顔】 上月雨音/東条さかな 富士見ミステリー文庫

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この表紙絵、黄泉終わるまでは気付かなかったのですけれど、志乃ちゃんの隣にいる人物って、真白じゃなかったんですね。なんで見切れているのか分かって感慨。

キララ先輩が凶弾に倒れるという凄まじい場面で終わってしまった前回から、いったいどうなってしまったんだとやきもきしていたわけですけど……最悪ではなかったものの、最悪ではなかったというだけの悲劇が待っていたわけでして。
正直、キララ先輩があれで生き残るとは思ってなかったんで、ちょっと拍子抜けした部分はあったんですけど、一応の理由づけがあったことは後々の犯人との対決で明らかにされるので、その部分については良かったんですけど。
でもキララ先輩は気丈だったなあ。もっと打ちのめされて立ち上がれなくなってると思っていた。自分の行動が招いた他人の死。それも幼い頃から見守ってきてくれた人が目の前で惨殺され、自分自身の夢さえも打ち砕かれてしまったわけですから。あの這いずり恥も外聞もなく救いを求めながら逃げ惑うキララ先輩の、今までの彼女からは想像もできない姿からは、彼女が持っていた矜持がグチャグチャに引き裂かれていくのをリアルタイムで目の当たりにしているむごたらしさがあったからなあ。
純粋で抵抗の仕様のない圧倒的な暴力の前に、どれほど自分の夢や正義が無力なものか。あのシーンには、純粋で輝かしいなにかが、容赦なく汚されていく、なにか恐ろしいものを目の当たりにしているような感覚がありましたからねえ。
多分、<僕>や志乃ちゃんが目にする事のないキララ先輩独りのところで、彼女が傷ついた心の痛みに苦しみもがきながら、それでも立ち上がり進みだそうとする、見るのも痛々しい物語がきっとあるんだろうけど、うん、彼女はそれを見せようとはしないだろうからなあ。
ここで他人に縋ってしまう弱さ、もしくは女性としての狡猾さがあったなら、キララ先輩は<僕>に異性として意識されることもあったんだろうけど。まあ、本人がその気なかったしなあ。結局彼女は男よりも、自分の夢と矜持を選んだわけだ。志乃ちゃんという存在が彼の中になかったら、そこはどうなってたかわからないところだけれど。

して、志乃ちゃん。
もしかしたら、ここから一気にダークエンドに転がっていくのかという危惧もあったわけですけれど。いや、実際に志乃ちゃんの横に<僕>という存在がいなかったら、わかんなかったんでしょう。それくらいには、彼の存在は彼女の中で大きかったわけだ。自分の中に内包しきれない他人。他人であるからこそ掛け替えのない存在。自分の中ではなく、隣にいるからこそ心震わせる存在。
真白との会話の中で、志乃ちゃんが明確にそんな彼に対する認識を、彼に対する感覚を「恋」と認めた瞬間は、驚いたなあ。驚いた。そんな感情を明確に定義づけることに価値を認める少女だとは思っていなかったから。
逆に言うなら、そんな少女が価値を認める恋心だ。それが志乃の心を占める絶対性たるや、如何ほどのものなのだろう。ちょっと、想像を絶するものがある。
なにしろ、彼女の在り様を根本から塗り替えていくほどの、大きなものだったわけですからねえ。

一方で、明らかに特異である少女・志乃への<僕>の接し方は、当初こそある程度の思い込みによるレッテルを貼っていたとはいえ、その時点でさえ<僕>は志乃という存在を丸々受容する態度で接していたわけで、その意味ではこの男の志乃へのスタンスというものは素直に称賛に値するものがあると思う。この男の面白い所は、志乃の存在を丸々受け止めながら、それでいて常に変化を彼女に求め続けたところだよなあ。受け入れながら変化を促すというのはそれ、矛盾しているとも言えるわけだけど、彼は違和感なくそれを成し遂げていったわけだ。
別の言い方をすると、志乃のような子に反発や拒絶を抱かせることなく、自分好みの女の子に染め上げていった、とも言えるわけで。いやまったく、この男の光源氏並みの凄まじい手練手管には感嘆を通り越して崇拝の念すら浮かんでくる。
ラストでの中学生志乃の圧巻の挿絵では、崇拝すら通り越して殺意を抱きましたけどねッ! 
この野郎、こんな可愛い少女が将来間違いなく嫁に来てくれるのかよ、と。
実際、あの挿絵はとてつもなく凶悪でした。漫画版を含めて、様々な志乃の姿を描いてきた絵師の東条さかなさんですけど、それまで描かれていた無表情な志乃の存在感、透徹とした美しさが素晴らしかっただけに、それだけにあの表情は凄まじい威力でした。なんという神々しくも親しみやすく、可愛い、志乃のはじめての笑顔。まさに最後にして会心の一枚だったんじゃないでしょうか、あれは。漫画版の傑作振りもありましたけど、この作品のイラストレーターに東条さかなさんを選んだのは、それこそ会心のクリーンヒットだったんじゃないかなあ。

内容には色々と思うところもありましたけど、なんにせよ志乃という少女の魅力は圧巻の一言でした。その魅力の変転の結末に、あんなのを持ってこられたら、もう文句の一つも出てきません。
つまりあれですね。嫁はやはり幼女から育てろ、と。
ただ、<僕>の育て方は、生半可じゃないですからなかなか真似は出来ないですよw 大学生のくせに、こいつ殆ど生活パターン、志乃中心で回してやがるしなあ。まあ、これくらい本気で腰を据えて掛からないといけないってことですな。無理w