ユーベルブラット 9 (ヤングガンガンコミックス)

【ユーベルブラット 9】 塩野干支郎次 ヤングガンガンコミックス

Amazon


巨星墜つ。
七英雄の筆頭格だったグレンを斬ったケインツェル。だが、これまでの二人を斬ったときと違い、彼の死に関する描写はケインツェルの心情、周りの人間の慟哭、それぞれが不思議なほど端的で量的にも乏しい。
ケインツェルとグレンの過去の繋がりを考えるならば、これは不自然なほど淡々とした描写だ。既に斬った二人の七英雄の時は、過去のまだ裏切られる前の彼らとの友諠の回想とともに、憎悪と哀しみ、ケインツェルの苦悩とそれでも揺るがぬ決意とが、執拗なほど描かれていたというのに、だ。
これはどういうことなのか。
グレンの死が偽りなのか? だが、グレンの部下たちの動揺、慟哭を見る限り、彼が少なくとも人間としての死を迎えたのは間違いないことだと思う。はたして、今後の展開として彼が死んだままかどうかはわからないし、正直怪しいんじゃないかと思うところだけれど。
もう一つの可能性は、ケインツェルの復讐劇が、ケインツェル本人にとっては未だ至上の命題なのだとしても、このユーベルブラットという作品にとっては既に重要な因子ではあっても、主題ではない、ということを示しているのではないかという点だ。
既に主眼は、ケインツェルが復讐によって懊悩する彼の内面の話ではなく、彼の復讐、つまり国家の要である七英雄の喪失を発端として怒るであろう大陸規模の動乱へと移りつつあるのではないだろうか。

現に、七英雄の存在によって得られていた秩序は、ケインツェルの出現によって徐々に崩れ始めている。同時に、その秩序の裏側ではびこっていた矛盾や背徳、民衆の苦しみが表に浮きだそうとしているのだ。
前巻で自分は、かつて自分の我欲によってケインツェルたちを裏切り、汚名を着せながらも、現在は心を改め国家の安寧のために努力し続けていたグレンをケインツェルが殺してしまうことで、図らずもケインツェルが動乱を呼び、人々の平和を奪い去る存在になってしまうのかと危惧した。
実際、この巻の前半では、グレンが治めることによってかろうじて均衡を保っていた紛争地域が、彼の死によって一気に戦雲渦巻き、戦争への機運が高まっていく姿が描かれている。
復讐に身をやつしながら、それでもかつての英雄の心を失わず、辺境の地では民草を守るために剣を振るい、逆賊でありながら英雄と呼ばれつつあったケインツェル。それが、名実ともにただの復讐者となり下がり、人々を苦しめる秩序の破壊者となり下がるのか。
これは、ちょうどエルサリアが抱く危惧と同じものなのだろう。ケインツェルの中に英雄を見出した彼女は、彼の正体と七英雄の真実を知り、ケインツェルの正義を知り、それでも彼の復讐を正統のものとするべきかを迷い、ケインツェルを問い詰める。
貴方は民を顧みないただの復讐者なのか、それとも民を守るために剣を振るう英雄なのか。

ケインツェルがグレンを殺したために、戦乱が起ころうとしている地イェブル。ここは、かつてケインツェルと同じ裏切りの槍の汚名を着せられた戦友が治めていた地。ここが動乱の地となってしまったのは、ここを治めていたクファーに、裏切りモノの汚名が着せられ、盟主の一族が追放されてしまったため。
話の筋立てに驚かされたのはここからでした。
ケインツェルがグレンを討ったことで起こるはずだった戦乱が、前提をひっくり返された挙句、逆にこの地が永続的に抱えるはずだった対立を一気にまとめ上げるような要素が飛び出してきたこと。
言わば、ケインツェルがグレンを討ったことで戦乱を招くはずが、まったく逆の様相を呈してきたわけです。

エルサリアの尽力があったとはいえ、この展開はちょっと驚きでした。これはまさに、時代が新たな英雄を求めているということなのか。
そして、今、長年の憎悪を捨て去り、新たな秩序のもとにまとまりを見せようとしたその時に現れる、古き秩序の象徴、七英雄の軍勢。

当初、予想していたのとは大きく違う、動乱が始まりつつあるのかもしれません。

少し気になるのは、復讐者ケインツェルの目前で起こりつつあるイェブルの地の憎悪の連鎖の収束。長年の殺し合いで憎しみが募った相手同士が、未来を見据え、憎しみを捨て、手を取り合おうとしている姿。
自分が突き進む道を、敢然と否定するその姿に、彼が何を感じとるのか。
そして、ケインツェルは復讐者ではなく、英雄としてあるべきだと思い定めるエルサリア。
ケインツェルがはたして、このまま復讐者としての自分の固執し続けるのか。彼が復讐成ったあとに覚悟している贖罪が、果たして彼の思うような自身の死などで済んでしまうものなのか。

激動のラストシーンとともに、次巻の期待は募るばかり。楽しみ楽しみ。