烙印の紋章〈3〉竜の翼に天は翳ろう (電撃文庫)

【烙印の紋章 3.竜の翼に天は翳ろう】 杉原智則/3 電撃文庫

Amazon



「心身ともに皇太子になりすぎている」
ゴーウェンの呟きを最初読んだ時は、何かのフラグか何かかと顎を撫でてみたりもしたけれど。通して読み終わってから思い返してみると、伏線というよりも現在のオルバが陥っている陥穽を的確に指摘した含蓄ある言葉だったのかと感心してしまった。
今のオルバの目的は、確か自分の家族を殺した貴族への復讐であり、奴隷剣士として働かされてきた怨念を晴らすことだったはずなんですよね。ところが、一応復讐については忘れてはいないものの、今のオルバは皇太子ギルとして自分の中に眠っていた軍事の才能を駆使するのに夢中になってしまっている。
本来なら国への忠誠なんてものはどこにもないはずなのに、彼の行動は皇太子ギルという立場に基づいたものになってしまっていて、そこにはオルバとしての目的も行動指針が何もない。
確かにこの巻でのオルバは、皇太子になり切り過ぎていたように見えました。そのオルバとしての自分とギルとしての自分との錯綜のしっぺ返しは、ラストに兄・ロアンの足跡に出くわすことで見事に調子に乗っていたオルバを打ちのめしてしまうわけです。
自分がいつの間にか、自身が憎み呪っていた貴族たちと同じような高みから、民や雑兵たちを見下ろすモノになり切ってしまっていたことに気がつかされ、泣き崩れるオルバ。
ただねえ、これを誰に指摘されるでもない、自分自身で気づいたっていうのは大きいと思うんですよね。自分自身、というよりも、敬愛する兄の優しい無言の嗜めにより、気づかされたというべきか。
そろそろね、オルバには自分の才能を使うのを目的ではなく手段としてほしいと思っていたんですよ。加えて、復讐や怨念という過去に拘泥するのではなく、皇太子ギルとしてではなく、奴隷剣士オルバの立場で、未来に何か築こうとする目的を持ってほしいなあ、と考えていたので、これはもしかしたらオルバが進む道の大きなターニングポイントになるかもしれないと思ってしまうのです。
誰にも心許さず、本心を明かさず、彼の秘密を知っている仲間にすらどこか距離を置いている孤高の男。でも、この巻でオルバが見せた行動は、徐々に他人との間に築いた壁の高さを下げていっているようにも見えたんですよね。ビリーナに自分の策を伝え、彼女に一つの戦場を任せたところなど、これまでの彼には見られなかった余裕、にも見えるわけで。
いつか、ビリーナとは秘密も本心も何もかも共有できる、本当の同志になって欲しいところなんだけど……あのラストの展開がオルバの中に生じていた余裕にどんな影響を与えるのか。オルバが泣き崩れている場面を目撃してしまったビリーナ、その事実が二人の関係に与えるものは。
このへん、どちらにも転んでいきそうで、なかなか油断できない引きだったように思いますね。引きといえば、オルバの正体について登場人物中もしかしたら一番厄介な人物が強い疑念を持ってきてしまったようで、どうなることやら、はい。
皇帝と皇太子の不仲や、周辺諸国の重鎮とギルの個人的な関係の構築など、色々今後の展開として憶測可能な範囲が広がってきているわけですけど……うーん、やっぱりもう少しオルバには親身になって味方してくれる仲間が欲しいよなあ。本来ならゴーウェン、シーク、ホゥ・ランあたりがその役割を担う立ち位置にあるんだろうけど、この人たちとオルバの関係って、けっこうサバサバしていて、忠誠や友情とは程遠い感じがするからなあ。
でも、このままビリーナを除くすべての人間関係が打算の産物のまま、最後まで駆け抜けたら、それはそれで凄いし面白いような気もする。