ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

【ソードアート・オンライン 1.アインクラッド】 川原礫/abec 電撃文庫

Amazon


うおおっ、面白かったーーーっ! と最後のページまで読み終えて、じわじわとくる感慨にプルプルと震えながら本を置いたのでございますが、いざこうして感想を書く段になり、その内容を改めて思い返してると……はたと困ってしまったわけで。
面白かった、確かにすごーく面白かった。が、大満足だったか、と自問自答するに至り、気づかされてしまったのですよ。自分が全然満足していないというところに。

これ、読んでて感じた作品の持つポンテンシャルからして、全然こんなもんじゃないでしょうに。
はっきり言って、非常に物足りない。この世界観が持つ可能性を生かしきれいていないような気がするわけです。たとえば、作中冒頭にゲーム機、ナーブギアの持つポンテンシャルに対して、用意されたソフトにユーザーたちが物足りなさを感じていたように。
この仮想世界の広大さと複雑さ、二万人もの参加者、閉じ込められた監獄という環境のなか、徐々に構築されていく社会構造。そして、それらを総括する二年もの歳月。
用意されている舞台環境の巨大さ、奥深さに対して、物語の展開する範囲、主人公の視点から垣間見える広さが、ちょっと狭いんですよね。それこそ、百メートルもいけば壁にぶち当たってしまうような。

もっとも、これをして、狭いなどと言ってしまうのは不当な評価かもしれないんですけど。一般的に見ても、ここで描かれる物語、主人公の活躍はダイナミックでスケールも大きく、死と隣り合わせの境遇の中で研ぎ澄まされていく人間関係、どこを見ても素晴らしく、面白かったーっ! と読後にため息をついてしまうものであったのは間違いないのですから。それに、一巻で話をまとめようと思ったら、このぐらいが適切なのかもしれません。
でも、読破中に感じたポンテンシャルの高さは、それでもまだ物足りないと思わされるものがあったんですよね。もっともっと、凄いのをかけるんじゃないのか。バンッと用意できるキャンバスの大きさに対して、実際に絵筆を走らせている範囲がちっちゃいんじゃないか。そんな愚にもつかないことを想ってしまったんですよね。
自分が異常じゃないかと信仰している幾人かの作家に匹敵するような才能のきらめきを垣間見ながら、この程度で満足していたらいつまでたってもそんな領域まで辿り着けなさそうな、物足りなさをヒシヒシと感じてしまって、なんとも複雑な気分なんですよね。
うん、これそういえば【アクセル・ワールド】でも感じた覚えがあるなあ。この人には小さくまとまって欲しくない。冲方先生みたいにゲロ吐くまで突き詰めろ、とは言わないけど、それに類するような自分の脳髄をグリグリとコルク抜きで抉りとるみたいな探求を続けていれば、そのうちホントにとんでもない、それこそ読み手を狂乱させるような凄まじい作品を作れる人なんじゃないかな、と夢想してしまうわけですけど……。

って、今回自分何書いてなんだか。感想というにはあんまりにもあんまりで。いかん、頭悪そう。自重しましょう。