神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルとイドラの魔術師 (GA文庫)

【神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルとイドラの魔術師】 あざの耕平/カズアキ GA文庫 

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うひゃひゃひゃ、やっぱおもしれえ!
二巻になっても絶好調のポリフォニカ、ダン・サリエルシリーズ。このシリーズって、明らかに他のポリフォニカシリーズと方向性が違うんですよね。ほかは榊一郎さんのクリムゾンにしても、大迫純一さんのブラック、ゴールド、高殿円さんのホワイトにしても、人間と精霊という異なる存在が紡ぐ関係性に描写の主体が置かれているのに対して、このダン・サリエルという作品は音楽という芸術に魅入られた人間たちの足掻き、苦悩、すなわち音楽との関係性に主体が置かれている。
音楽家として成功しながら、自分の音楽の性質、方向性に不信と疑念を抱き、しかしその道を貫くことを己に課しているダン・サリエル。
神に愛されるほどの絶大な音楽の才能を持ちながら、あがり症という瑕疵でその才能を潰し落ちこぼれてしまっているキーラ・アマディア。
そしてこの二巻ではこの二人に加えて、
新人賞という成功を勝ち取り、トップへの道を目の前にしながら、自身の才能のなさ、というどうしようもない現実に叩きのめされるアサナミ・リジア。
誰もが望む音楽家という偶像を作り、偶像(イドラ)を操る魔術師。音楽プロデューサーのハセ・シャルマ。
という音楽という芸術の迷宮に挑む探究者ともいうべき二人が加わるわけです。
なんだかんだと自分の音楽家としての在り様に深刻な疑念を抱きながらも、才能に関しては有り余るほど持っていたサリエルとアマディアに対して、今度登場した二人は、現在進行形で才能のなさという現実に直面するリジアと、恐らくは過去に理想に潰れるよりも現実に徹することを選んだであろうシャルマという、また前の二人とは違う形で音楽に対して苦悩するキャラクターなんですよね。
まあ、シャルマはある意味、この中では一番迷いなく自分の道に徹している人なんでしょうけど。いや、迷いなく突き進むという意味では壁にぶち当たるたびに進む方向を変えてはいるものの、リジアもそちらのタイプか。
こうして、シャルマというキャラクターの物語への登場を介してみると、サリエルってあれで物凄い理想家だったんだな、というのがわかる。一巻での古典的音楽家たちとの対立などから浮き上がる大衆に迎合したいまどきの軽薄な音楽家、という彼に付きまとう評判がどれほど的外れなものかを知っているのは、むしろサリエルよりもシャルマの方なのかもしれないな。
もし、本当にサリエルがそういう音楽家だったとしたら、今でもシャルマと仕事上のパートナーとして上手くやっていたはずなんだから。
かといって、サリエルが自分の理想を体現できているかと言うと、なかなかうまくいかない。上手くいかないどころか、もしかしたら彼が望む方向性と彼が持っていた才能が示す方向性はまったく別のベクトルにあったのかもしれない。かといって、サリエルは自分の才能が示す音楽の方向性を否定しているわけじゃない。それどころか、決意と確信をもってその道を進んでいると言ってもいい。そして、現実に成功しているわけですしね。
ところが、心のどこかでは自分の理想とする音楽の形とのズレがあるような気がしていて、そこから自分の音楽に対して自信を抱き切れず、悩んでいる部分がある。一巻での老音楽家とのセッションなんかは、その辺があますことなく剥き出しになっていたように思える。
もしかしたら、アマディアの音楽とは、サリエルが思い描く理想の音楽そのものなのかもしれない。神に愛された圧倒的な、それこそ方向性だのなんだのを無意味とするような、完全無欠の音楽。
第一話「ダン・サリエルと七つの仕事」でサリエルが見せた劣等感なんかはその証なんだろうし。
でも、性格的に傲岸不遜、根性ひんまがってるように見える自己中の塊みたいなサリエルですけど、決して本当の意味でエゴイストじゃないんですよね。彼の理想は、自分だけではなく他人にも開かれている。彼がアマディアを潰さずに何だかんだと出入りを許しているのも、シャルマのもとを飛び出してきたリジアに手を差し伸べたのも、彼自身の音楽を高めることには何らの意味も価値もないことですもんね。それどころか、彼女らの成長と成長は自分の才能を潰すことになるかもしれない。特にアマディアの圧倒的な音楽には、はっきりとサリエルはその恐れを感じているわけですし。
彼が本当の意味で理想家だと思えるのは、彼の音楽に対する理想というものが自分の音楽にとどまっていないというところでしょうか。ともすれば、彼がたびたび古い因習に凝り固まった実力を伸ばす努力をしない音楽家たちを痛烈に批判するのも、傲岸さや売名行為だけじゃなく彼の音楽への理想がそう言わせているのかも。
態度からは想像もできないけど、彼ほど音楽を愛している人はいないのかも。

そんなサリエルも、昔ならリジアに手を差し伸べるようなことはしなかった、とシャマルが言ってましたけど……その昔っていつのことなんでしょうねえ。シャマルとケンカ別れしてモモと契約してからの事なのか、アマディアたちが入り浸るようになってからのことなのか。
今回は語られませんでしたけど、どうやらサリエルとモモの契約した過程にも相応の物語があった様子。なんでサリエルみたいな男がモモみたいな精霊と契約したのかずっと不思議だったのですけど、サリエルとモモとシャマル、この三人には随分と因縁めいたものがあるみたい。なにがあったんだろう。知りたいなあ、気になる気になるw
サリエルの変化がアマディアたちとの出会いの後にもあったとしたなら、自分はそこにはコジの影響が見逃せないと思いますね。
アマディアという天上の才能の持ち主との出会いも大きいと思いますけど、コジって結局サリエルとは契約しなかったわけですけど、契約しなかったわりにサリエルが寡黙になって酷く悩みに沈んだ時は、フラッと現れてさり気なく喝入れてくれるんですよね。あれでけっこう繊細で長いこと抱え込むタイプなサリエルに、内側に溜まったモヤモヤとしたものを、愚痴と一緒に吐き出させてすっきりさせるコジって、実は得難い存在なんじゃないでしょうか。こいついなかったら、もっとサリエルって長いこと鬱に沈んで迷走しそうだし。
契約精霊は得られなかったものの、サリエルはかけがえのない友人を得たのかもしれません。
ところどころ、虎じゃなくてにゃんこ化してますけどw 第二話は笑い死ぬかと思ったにゃー(爆笑

うーん、こうして振り返ってみると、やっぱりサリエルって好きだなあ。陰険ドSなのに、ここぞというときは優しいしなあ。
ラストのアマディアの演奏に寝た振りするところなんて、もうめちゃくちゃ惚れた。優しくて、厳しいその振る舞い。うーん、これってある意味、師匠としての振る舞いなんだろうか。

キーラ・アマディアのささやかな一歩。第四話のタイトルなんですけどね。総じて言えば、この本のメインは今回は彼女だったと言えるでしょうし。
天上の神に愛されるほどの才能を持ちながら、あがり症のおかげで人前ではまともに演奏することもできず、試験にはことごとく落ちまくり、実家からは見捨てられた落ちこぼれ。
絶賛、才能を持ちながら生かせず潰れていきかけてる最中の音楽家の卵。そんな彼女の前に現れる、幼馴染のリジア。新人賞を取り、成功者の列に名を連ねようとしているライバルの登場に、どれほど劣等感を抱き、羨望を覚え、翻って自分の情けなさに打ちのめされたか。
ところが、そのリジアはリジアで、自分の音楽をプロデューサーであるシャマルに否定され、そのもとを飛び出し、自分の力で成功を勝ち取ろうとしながら、結局自分が才能のない音楽家だということを思い知らされる、という過酷な現実にぶち当たるわけです。
それでも、彼女は怯まず自分が才能のない音楽家だというのを受け入れながら、負けるかーと突き進んでいくわけですけど。
そんなひたむきさ、前向きさ、音楽に対する姿勢を見せられたら、アマディアだって黙ってられないですよね。ただの成功者じゃない、プライドをかなぐり捨て、努力で才能のなさを突き破るリジアの姿は、アマディアにとってこれ以上ない良い刺激になったのじゃないでしょうか。
田舎に閉じこもっているだけでは決して開かれなかった扉。いろんな人との出会いが、閉ざされていたアマディアの未来を徐々に押しひらいていこうとしている感じが、とても素敵です。
サルエルは、そっぽ向きながらつま先でチョンチョンと蹴飛ばして、その扉を開けるのを手伝ってやってる感じだなあ(笑


レオン・ザ・リザレクターシリーズが高らかにポリ・ゴールドシリーズへの移行を表明した今、ポリフォニカで色がついてないのってこのシリーズだけなんですよね。そろそろこのシリーズもカラーでのラベリングを行ってほしい所なんですけど。一部で言われてる、ポリ銀はちょっち違う気もするんですよね。白銀の虎コジは、主要メンバーの一人ではありますけど、主人公ではありませんし、やっぱりダン・サリエルのイメージカラーこそがこのシリーズのカラーとなるべきなんでしょうけど……。
サリエルのイメージカラーってなんだろ。カラーの挿絵見てても、あんまり特徴的な色は持ってないんですよん、この人。敢えて言うなら、銀髪? となるとやっぱり銀になるのか? でも、この人のイメージって銀というよりも、むしろ紫っぽいなあと前々から感じてるんですよね、自分。ポリ紫?