火の国、風の国物語6  哀鴻遍野 (富士見ファンタジア文庫)

【火の国、風の国物語6.哀鴻遍野】 師走トオル/光崎瑠衣 富士見ファンタジア文庫

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べ、ベアトリスさん。あーた、それ完全に藪蛇じゃないのか?
アレスとクラウディアの主従としては近すぎる関係を破壊するために、いったいどんな悪辣、巧妙な策を弄してくるかと思ったら……。
ベアトリスさん、それ単なる宣戦布告ですから!! 喧嘩売ってるだけですから!! あかん、このヒト完全に色恋に狂っちゃってる(苦笑
しかも、そういうあからさまな横やりは、自らの王女としての宿命を粛々として受け入れ、アレスへの想いを叶わぬものとして封じてきたクラウディアのただの少女としての側面を、無暗に刺激しただけのような……。
藪をつついて蛇を出す。にならなきゃいいけれど。
……いやいや、読者側とすればなった方がいいのか。いいんだよね。ざまあw


さて、戦局はクラウディアが解放軍に自ら飛び込み人質になる、という行為により一時的に休戦したところで、北の列強がファノヴァール王国への侵攻を開始する、という一大転機を迎えたところ。
この巻の見所は、やはり解放軍首領ジェレイドと王国国務大臣カルレーン、そしてクラウディアの三者による会談でしょう。
ようやく、というべきか。ここでジェレイドが目論んでいた解放軍の着地点が明らかに。
なるほど、やはり王国自体の打倒や独立国の建国、という荒唐無稽なところではなく、現実的かつ壮大な体制の変革を目論んでいたわけか。
王の権力が弱く貴族勢力の発言力が尋常ではなく高い点など、この作品自体に将来的な絶対王政への移行を指向する要素が多々見受けられていたのだけれど、ジェレイドがこれほど明確にそちらへの体制変化を目論んでいるとは、さすがに予想していなかった。
そもそも、農民反乱を主体とした解放軍を率いるジェレイドの立場から、絶対王政に国家体制を変化させる方策が想像できなかったために、ジェレイドの考えがそこにあると思わなかったわけだけど、会談の場でカルレーンに語った体制改革への筋道は、カルレーンじゃないけど軽く胸が躍ったわけで。
なんとか貴族の力を削り、王権を拡大しようとしているカルレーンにとっては、ジェレイドの提案は無視できないものだと言えるのでしょう。もちろん、王国の重鎮としての立場からジェレイドのような男を全面的に信用することはできないし、してはいけないものだし、性格的にも信頼関係を結べるような人たちじゃなさそうですしね。
でも、この会談でカルレーンはジェレイドを利害関係の一致を見ることのできる相手と認識したのではないでしょうか。
面白いなあ。ここでカルレーンとジェレイドが手を握れる可能性を示したことで、王国内における対立構図は大きく構造変化を見る可能性を内包したわけだ。
図らずも、そんな可能性を導きだしたのは、王国の側にも解放軍の側にも立たず、民衆の立場から会談の旗振り役を果たしたクラウディア、というのも面白い所。もし、この会談がカルレーンとジェレイドだけで行われたら、はたして会談自体が成功したかどうか。二人とも海千山千の政治家だけに、王国と解放軍、双方にとって痛み分けという形で終わってしまった可能性が高いはず。その意味では、会談早々に主導権を奪い取り、正論詭弁政治的論述理想論、様々な論法でもって、要所要所で双方の有用な意見を引き出し、または叩き潰し、誘導して見せたクラウディアの政治的センスの見事さは瞠目に値する。これ、自分の意見をごり押しして自分の望む形を引きだしたのとは全然違う、見事な操縦術だもんなあ。
在る意味、臣下の使い方が抜群にうまい、ワンマンとは違う王としての資質ともいえるやり方でもあるし。
結果的に、双方にとっても有益な結果を得る形で会談を終わらせたのだから大したもんだ。

一方で、並行して北の地で、襲いかかる無慈悲な傭兵軍によって蹂躙される無辜の民たちの悲惨極まる状況を、行商人でしかなかった一人の男ヴェリックの姿を通して丹念に描かれるところなど、この作品が決してアレスという戦場無双の男のとんでもない無敵っぷりを堪能するだけのものではないことを示している。
家族を守るため、日常の中で武器を握ることなどない民たちが、自分の死を前提して無慈悲な暴虐と戦う姿。主の命を破り、弱きものを守るため、武人として誇りを守るため、剣を取る騎士たち。
彼らの絶望的な、でも最後まで諦めず戦う姿を丁寧に描いたからこそ、最後のアレスの登場が、魂を震わせるのです。

どこか皮肉なことに、こうして災禍に見舞われる民衆の悲惨な姿を描けば描くほど、本来その力無き農民の一人であり、自分たちもまた貴族たちの暴虐に抗うほかなく、民衆を救うために立ち上がったはずのジェレイドが、そんな民衆の塗炭の苦しみを忘れてしまったかのような姿が浮かび上がってくるわけです。
もちろん、本人は忘れているつもりはないでしょうし、最終的に力無き農民たちの暮らしを少しでも豊かにするために尽力するというジェレイドの目的は一切ぶれていないのですけれど。
でも、彼は自分の目的の正しさと自分の悪辣さへの自覚、死を受け入れているという覚悟がエゴイズムとなって、傲慢になってしまっているように思えるなあ。自分が外道なことをしている、最悪の罪人と自覚しているからと言って、何をしてもいいってわけじゃないはずなんだよ。