BLACK BLOOD BROTHERS10  ―ブラック・ブラッド・ブラザーズ 銀刀出陣― (富士見ファンタジア文庫)

【BLACK BLOOD BROTHERS 10.銀刀出陣】 あざの耕平/草河遊也 富士見ファンタジア文庫

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カーサがワインに語る香港聖戦前夜。どうしてアンヌがカーサを誇り高き子と讃えて死んでいったのか、九龍の血統がどうして生まれたのか。どうして、カーサが裏切ったのか。その真相が語られる過去語り。
うん、なんでアンヌがカーサにあんなことを言って死んでいったのか、今ならその哀しみも誇らしげに思う気持ちもよくわかる。
もし、彼女がこの世にただ一人の孤独な混血児のままだったら、逆にカーサは九龍の血統にならなかったのだろうと思う。そうなると九龍の血統自体が生まれることがなかったのかな。
彼女が自分のような混血児の扱いを象徴とする世の歪み、世の矛盾と戦う事を選んだのは、自分を守るためじゃなく、自分じゃない誰かを守るためだったわけだ。
人間たちの世界が激動の変化を迎える近世。皮肉にも、ジローがアリスと契りを結び、カーサやケヴィンたちとともに歩んだこの百年こそがもっとも世界が激しく動いた百年であり、その激変に対して夜の世界はついていけず停滞し、淀み凝り煮詰まりつつあったと、ウォーカーマンは語った。
昼と夜は乖離を続け、おそらく両者の関係の破綻は時間の問題だったのかもしれない。
世界は変革を求めていた。そして、吸血鬼の始祖とは、世界が求めるからこそ生まれる存在なのだという。
今ある世界と戦う意思。自分を苦しめたものを自分ひとりに留めるために、初めて得てしまった家族を守るために、世界に抗う意思を得たカーサと運命が邂逅した瞬間、九龍の血統は生まれてしまったわけだ。

その結果、香港聖戦が起こり、世に吸血鬼の存在が知れ渡り、そして十年を経て特区インパクトが起こることになる。

確かに世界は変わりつつある。停滞は消し飛び、人間と吸血鬼の関係は劇的ともいうべき変化を迎えつつある。
九龍の血統は、世が求めた役割を見事に果たしたのだろう。
でも、変わりつつあるその世界の中に、はたして九龍の血統の居場所はあるのだろうか。
自分の存在の拠り所なく、寄る辺なく、孤独に飢え、常に家族を求めていたものたち。自らを家族と称し、自らの居場所を探し続けるものたち。
混血の名のもとに、すべてを飲み込み、孤独を隔てる壁を取り払おうとするものたち。
皮肉なことに、彼らが求めたゆえに訪れつつある変化した世界は、彼らを敵対者として、存在を許されぬ害悪とて、根絶すべき病根として滅ぼし消し去ろうとしている。
用済みだから消されるのか? 九龍の血統はただ触媒として用意されただけの使い捨ての駒に過ぎなかったのか?
彼らは乱を求め、戦うことで腐った不平等の平和を打破し、自らの居場所を勝ち取ろうとしている。でも、その果てに彼らの求める安息の地はあるのだろうか。
黒蛇が与えた禁断の果実によって、楽園を追われたアダムとイヴ。
求める未来に楽園は在るのか。それとも、今家族で集うこの現在こそが楽園なのか。それとも、おのおのが決別し捨て去った過去こそが楽園だったのか。
黒蛇カーサ。彼女が求める真の楽園はどこにあるのだろう。

彼女がひたすら見つめ続けた視線の先にいた男。望月ジロー。
彼女が決別の前にジローと語らった一夜の出来事。そこでどんな会話がかわされ、どんな想いが交錯したのかは夜の闇に沈んだまま、各々の心の奥に大切に仕舞われたまま、明らかにされることはないのだろうけれど。
ただ、彼女の秘められた想いは、思っていたような偏執的な歪んだものとはかけ離れた、とても尊く誠実で、他人が口出ししていいようなものではない、神聖なものなのだと、今は思う。とても、哀しいことだけど。


世界が動いている。
特区を占拠する九龍の血統をせん滅するため、昼の世界と夜の世界が手を結び、圧倒的なまでに燃え広がる炎のように、戦いの機運は盛り上がっていく。

でも、ずっと違和感があったのだ。
世界各地から、鳴りを潜めていた多くの血統から絶大な力を秘めた吸血鬼たちが集い、人間たちの組織力がそれをバックアップする。
戦いは、間違いなくミミコたちの勝利に終わるだろう。
でも、この流れに、ずっと違和感があったのだ。

まるで、弱者と自らを謳う九龍の血統を、生贄のように圧倒的なうねりの中に押し流そうというこの流れが。

特区インパクトからミミコがメイデンと呼ばれ、息をのむような怒涛の流れで生まれ変わっていく世界の姿に打ち震え、感動に胸を高鳴らせていた身でこういうことを言うのは矛盾かもしれないけれど。

お前たちは、違うだろう、と。思ったのだ。

この戦いの決着をつけるのは、こんな世界の流れなんかであるべきじゃない。戦いの帰趨を、よそから送り込まれてきた血統の派遣軍なんかにゆだねていいわけがない。
因縁も、愛憎も、そこにはなにもないじゃないか。
そう、よそ者だ。所詮は部外者なのだ。彼奴らは、九龍の血統の連中のことなんか何も知らない。彼らとミミコたちが、どういう想いを交錯させ、戦ってきたかを、知る由もない。
もちろん、尾根崎たちの尽力や、各血統たちの変革への決意を否定するわけじゃない。実際に特区の中で戦うレジスタンスたちの現状を無視するわけじゃない。
彼らはとても正しい。やるべきことを、限界を超えた力をもってやり遂げようとしているその姿は、眩しく誇らしく、素晴らしいものだ。

でも、違うと思ったのだ。こんな形で、この動乱を治めることは違うのだと。

まったく、ぐうの音も出ない。
びっくりするくらいにあざのさんは、この違和感を明確に読んでるこっちに突きつけ、そして打ち破ってくれやがった。

そう、この戦いの決着は、世界の流れなんかじゃなく、彼らの手にゆだねられるべきなのだ。

最終巻は、続けて来月に送り込まれてくる。
願わくば、一人のダンピールの少女に明るい未来を与えんことを。
それこそが、きっとすべての人の救いへとつながるはずだから。

万感の思いを胸に、五月を待つ。