もふもふっ珠枝さま!〈3〉 (MF文庫J)

【もふもふっ 珠枝さま!3】 内山靖二郎/真田茸人 MF文庫J

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あはは、妬いてる妬いてる。誰がどう見ても、嫉妬してるじゃないか智宏は。
どこからか招いてきたもふもふの獣<けうけげん>に夢中の珠枝の様子に、なんだか面白くないを通り越して、イライラしている智宏の姿がひどく新鮮だった。なにしろこの主人公、これまで人間と妖怪という異種間の新しい関係を見出すことに必死で、この手の独善的な感情に振り回されることは珍しかったからなあ。少なくとも、瑞穂や真希といった同世代の女の子に対してこういう感情を抱くことはなかったように思う。ようするに今の智宏には、恋愛なんてものにかまけている余裕みたいなのはなかったんだよね。
じゃあ、今回の珠枝のそれはどうなんだ、っていうと。もちろん、この嫉妬は恋愛方面のそれとは一線を画していると思われる。どっちかというとこれ、お母さんを弟にとられた兄、的な嫉妬じゃないのかなあ。
珠枝って容姿は幼女そのものだし、言動だって普段のそれは無邪気奔放と大人びたところは皆無だけど、彼女と智宏の関係というのは絶対的に保護者と庇護者、見守るものと見守られるもの、の関係なんですよね。そこには恋愛関係に発展するような要素は一切ないけれど、他人同士では絶対に構築できない絆が結ばれているのです。それこそ、母親と子供のような。
珠枝にとって智宏が、どんな悪鬼羅刹と化そうとも守るべき対象、それこそ場合によっては殺してでも守りたいほど特別な存在であるのと同様に、智宏にとっても珠枝という家神は、他の誰とも違う特別な存在なんですよね。それが、今回のけうけげん騒動での滅多とみない彼のてんぱり具合から透けて見えてくる。
考えてみれば、智宏がそもそも人間と妖怪との関係について境界を跨ぎ、何度も珠枝の制止を振り切りながら、踏み込むべきでないと言われた深淵まで踏み入ってきたのは、本質的に相容れぬとされる異種の間を繋ごうと奔走することを始めたのは、極言するなら珠枝に近づくため、珠枝との関係を守るためだったと言えるのですから。彼の動機、彼の動力源とはそもそも珠枝にあるんですよね。
そう考えると、今回の智宏の大人げない、というか子供っぽい嫉妬する姿は、微笑ましく見えてくる。自分からちゅーまでしちゃんだからねえ、まったくまったく(ニヤニヤ

さて、今回の騒動の発端となった謎の獣<けうけげん>。と言っても、けうけげん(毛羽毛現)だというのは珠枝の推測にすぎなくて、ラストで明かされるその正体とけうけげんには何の関連もなかったはず。そもそもこの妖怪、鳥山石燕の創作という説もあるみたいだし。
とはいえ、ここで<けうけげん>と称したのは、この妖怪が持つ本質と、ラストで正体を現したモノが持つ本質とが重なっていたからこそなんだろうけど。
そんなけうけげんと、思わぬマドカとの関連。のんびり屋の竈神マドカが秘めていた闇の虚は、またも智宏に拭いがたい人とあやかしとの境界を突きつける。
でもここで、智宏が言い放った言葉は珠枝じゃないけど、嬉しかったしジンときたなあ。いつもいつも跳ね返され、悔しい思いをし、何もできなかったことを後悔している智宏だけど、それでも彼が必死で奔走するのは何故なのか。彼が望む形、彼の想い、彼の願いの本質があの叫びに一言であらわれているようで、ハッとさせられた。そうなんだよな、智宏が望んでいたのはこういうことだったんだよなあ。
それを叶えることは、とてもとても難しくて、なにより妖怪や神様の在り方と真っ向からぶつかる願でもあるわけで。叶うことがないだろう苦しい道だよな、その道は。
でもほんと、自己満足だろうが無力だろうが、智宏は尊敬に値する野郎だと思う。彼の本気の悔し涙には、毎回毎回、胸を突かれる。

またも哀しい結末か、とため息をついたところで、思わぬ逆転劇。忘れぬことで紡がれる縁。思いだすことで再び繋がる縁。あちらとこちらの縁とは儚くて、すぐに途切れて迷うものなのかもしれないけど、智宏みたいなやつがいれば。彼の周りにいるような人たちが自然と振る舞えば、それはきっと途切れることなく続いていってくれるに違いない。
目前のハッピーエンド以上に、智宏の生きざまを肯定してくれるような結末に、なんだか物凄く安堵させられる、今回のお話でした。