薔薇のマリア  11.灰被りのルーシー (角川スニーカー文庫)

【薔薇のマリア 11.灰被りのルーシー】 十文字青/BUNBUN 角川スニーカー文庫

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だーまーさーれーたーーー!!

なんというかもう、笑うしかないっすね。あははははははは。
別にがっかりしたとかやられたーとかそりゃねえよ、というような感覚はないのですが、もうね、君が言うなよ、って話で。お前が言うなよ、って話で。えっ? 君がそういうショックを受けてるわけ? 死にたくなるほど落ち込んでるわけ? ぐだぐだになっちゃってるわけ? マテマテ待て、そりゃあカタリちゃんとかこっちのセリフで会って、感慨であって、悲嘆であって、まず君は自分がどうこうショックを受ける前に自分を顧みなさいよ、ねえねえねえ?
という、教導的な気分なわけですよ、はいだらー!

おちつけ、まいさん。


というところで、新キャラクター、ルーシーを主人公として描かれる薔薇のマリア新章スタートの回である。
故あって故郷を追われ、父親に会うためにエルデンを訪れたルーシーが直面する現実の過酷さ、非情さ。街に着くなりあっと言う間に身ぐるみはがされ、無一文にさせられて、挙句に拉致られ売り飛ばされそうになったところをマリアローズに助けられたのをきっかけに、クラン・ZOOに身を寄せることになったルーシーなのですが、なんだかんだで特殊技能の持ち主ばかり、エルデンでも有数のクランとして名高いZOOの面々に比べて、剣も握ったこともなく街で働いた事もない何もできない田舎者。無力で弱く意気地もなく、何もできない役立たず。ルーシーの目から見たら、あのマリアだって超人のように強く見える。
助けられ、拾われ、世話されて、生まれて初めてというほど優しくされているのに、それに対して何もお返しできない無力感。頑張れば頑張るほど役に立たない自分の無能さに打ちひしがれ、情けなさに頭を抱える日々。
それでも懸命に頑張る日々の中で、ささやかな希望や、こんな自分でも何か出来るのじゃないかという光が垣間見えるときもあるけれど、すぐさま辛辣で意地悪な現実の前に、泥の水たまりに叩き落とされ、自己嫌悪にのたうちまわる。
相変わらず、作者はこういう自分の弱さにのたうち、転げまわるのを書かせるの、一品なんだよなあ。まったく、感心させられる。
でも、この人の素敵だな、と思うところは、こうした惨めで恥ずかしくてみっともない日々が、俯瞰的に見たら決して無駄でない時間を過ごしているのを、きっちり書いてくれるところなんですよね。ルーシー本人はきづいていないかもしれないけれど、その失敗続きのろくでもない日々の中で、この子は頑張った分、きっちりと昨日よりも一昨日よりも着実に前に前進しているのです。しっかり、ちょっとずつでも成長している。泥の中に頭から突っ込むような毎日が、後々にしっかりと糧となって作用している。
嬉しいじゃないですか、やっぱり。頑張った分、前に進んでるのを見られるのは。

それは、今回見守る立場にあるマリアにも通じることであるんですよね。ルーシーが苦悩し涙を流し、唇を噛んで懊悩しているその姿は、それこそマリアが通過してきたところなんですよね。それを、マリアはきちっとわかってる。ルーシーがどんなことで傷つき、痛みを感じているかをちゃんと理解して、丁寧にフォローしているんですよね。
マリアは、優しくなったよなあ。もっと前だったらこんなに素直にルーシーみたいな子に手を差し伸べただろうか。根っこの部分は優しくてお節介というのはあったかもしれないけど、それを表に出せるような余裕が以前はなかった気がするわけで。その意味では、自分が他人から与えてもらったものを、それ以上にして他人に与えられるようになったというのは、着実なマリアの成長をも示してるんですよね。
ルーシーという第3者の目を通すことで、これまでマリア視点でうっすらと感じてきたマリアの成長というものを、こうしてはっきりと認識出来たわけで。その意味では、ルーシーを描く以上に、このマリアを描けたことに今回の巻の意味はあったんじゃないでしょうか。
しかし、ルーシーは幸いだよ。マリアの時は、ZOOの面々は細かいケアが出来るような人いなかったもんなあ。まあ、マリア本人がスレてて捻くれていたから遠回りした、ってところもあったんだろうけど、それこそマリアみたいに手助けしてくれる人がいたら、マリアももっと早くZOOに馴染めたんじゃないだろうか。
まあ、そのマリア本人が苦労した分、ルーシーに還元できてるんだろうけど。

しかし、ルーシー視点からみるマリアって、尋常じゃなく可憐で可愛らしくて、こりゃどうしようもないなあ。キラキラ輝いてて、儚くうるんでて、なんですかこの超ド級ヒロインは。普段のウジウジグルグル捻くれて斜に構えた内面描写も、ルーシー視点だから見えないもんだから、マリアが本気で可愛く見えるわけで。そりゃ、アジアンのみならず、荊王なんかがベタ惚れちしゃうのも無理ないよなあ。性別関係ないよなあ。マリアだってだけで、色々超越しちゃうよなあ。
でも、女の子ではないと主張してるけど、じゃあ男の子だと明言しているわけでもなく(今回のあいつと違って)。メンタル面はどう考えても女性側のようにしか見えないわけで(裸見て大慌てって、ねえ?)
ユリカとサフィニアの3人でいる時なんて、どう見ても同世代の仲の良い女性のグループという雰囲気だし。
これだけシリーズ冊数出ているにも関わらず、未だに主人公の性別がはっきりしないというのは、凄いよなあ。そして、作中関係者や読者がみんなもう性別なんてどうでもいいや、という境地に至ってしまっているのも、なんともすごいとしかいいようがなく(笑