狼と香辛料 11 (11) (電撃文庫 は 8-11)

【狼と香辛料 11 Side Colors 2】 支倉凍砂(電撃文庫)

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二冊目の短編集、と見せかけて、ロレンスとホロのいちゃいちゃ短編二話+この作品におけるもう一人の狼。女商人エーブ・ボラン誕生を語る中編1話。まあ、どう見てもこのエーブ編がメインとなる。

如何にして没落貴族であり、破産した商人の妻であった女が、狼と謳われるほどの怪物的商人に成りあがることが出来たのか。
どの商人も最初は右も左も分からない丁稚で、幾多の失敗を生き残ったものだけが魑魅魍魎が跋扈する商人の世界でのし上がっていく、という構造になっているのだけれど、それはエーブも変わらなかったわけで。
まだエーブを名乗る前。貴族気分が抜けぬまま、フルールという名で商売の道に足を踏み入れた彼女の姿からは、後々の、あの凄絶ですらあったたち振る舞いの萌芽も見受けられない。賢明で頭も回り、他人の意見を受け入れる度量もある。でも、どこか甘さが抜けていなくて、見ていて危なっかしくて仕方がなく、ハラハラさせられる。
結局、彼女は手がけた大仕事で、手痛い目に遭うわけですけど、ぶっちゃけ読んでてもフルールには落ち度らしい落ち度は見受けられないんですよね。ただ、商人の世界ってのはミスしなきゃ大丈夫、ってわけじゃない。ミスがなければ油断を誘い、油断がなければ隙を窺い、隙がなければ、無理矢理こじ開け、相手を陥れる。落ちたら最後、泥の中に叩き通され、息の音が止まるまで踏みにじられる。どれほど相手が信頼に値しそうな人間でも、相手の人らしい姿に心落ち着くナニカを垣間見ても、いざ商売となれば商人たちは平然と人の心を懐にしまい、悪魔のように狡猾に、利益のために、金のために、繋がった何かを踏みつぶす。
そんな恐ろしい世界に、人の心など持たないような怪物ばかりが跳梁する世界に、いったいどんな幸せがあるんだろう、なんて傍から見てたら思うんだけど、エーブはそんな怪物たちの世界の恐ろしさに打ちのめされ、怯え、震えながらも、怪物たちが見つめる先にあるナニカの魅力に魅せられていく自分に気づく。
逃げて、堕ちるか。飛び込んで、怪物となるか。
きっと、そのナニカを求める心は、商人の道を選んだ時に、彼女の中に既に芽生え、生まれていたものなんだろうけど、それは人として善良であろうとしているうちには、追い掛けてはいけないものだと無意識に理解していたんだろう。でも、現実は容赦なく、彼女に選択を迫ったわけだ。
そして、彼女は怯え、泣きじゃくりながら、でも最終的には獲物を見定めた狼のように、雄々しく吠え叫びながら駆けだすのだ。

ミルトンは、なんだかんだとあの最後の態度を見たら、大した奴だと思うよ。エーブは、だから男を見る目は、けっこうなものがあるのかもしれないね。
ただ、この女商人がこれ以降、まともに同じ商人を信用することがあったとは思わないだけに、やはりロレンスへのあの態度は尋常ならざる破格のものだったのだなあ、と感慨深く思えてくる。
逆に言えば、このエーブからそれほどの信頼と信用を勝ち取り、女としての情まで、同じ商人でありながら得ることが出来たロレンスもまた、大したやつなのだなあ、と改めて思うわけだ。
まったく、大した子羊である。よっぽど美味しそうなんだろうなあ。

短編二編は、もうずーっとホロとロレンスがイチャイチャしている話。もう御馳走様としか言いようがないのだが、敢えて注文をつけるなら、こういうイチャイチャした話ほど、ホロ視点で読みたかったかなあ、と。
ロレンスはロレンスでホロにベタ惚れなのは間違いないんだけど、内面描写すると、実はホロの方が読んでてこっちまで溶けてしまいそうなほど、ロレンスにメロメロだからなあ。甘さを堪能するという意味では、ホロ視点の方が一気に糖尿病になれそうなだけに。一編ぐらいはまたホロ視点のを読みたかったなあ、と呟いてみたり。