葉桜が来た夏〈4〉ノクターン (電撃文庫)

【葉桜が来た夏 4.ノクターン】 夏海公司/森井しづき 電撃文庫

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いいわ――、その誰も信用ならないという顔。全てを疑ってかかる歪んだ心。
あなたには才能がある。早く私と同じ立場にいらっしゃい。全てを騙し、謀り、嘘と真実を、正義と利害をいちどきに扱う世界に。



うははは、すげえすげえ。なんだこの主人公は。この南方学という青年は。背筋がそそけ立つ。まだ二十歳にもならないこの歳で、どの権力中枢とも関わりのない一般人の学生の身の上で、それどころか今回のあのとんでもない事件によって、後ろ盾と言ってもいい人脈が壊滅状態に陥るという状況下――何の武器も持たず、防具もはぎとられ、丸腰の状態で砂漠に放り出されたような有り様でありながら、数少ない手持ちの知識と人脈を駆使して現状で自分が為し得ることを引き摺りだし、もはや殲滅戦争という破局に向かって滑落していくばかりだった状況を、辛うじてとはいえ取り返しのつかない最悪の一歩手前で喰いとめたこの手腕。

怪物である。

物理的戦闘能力でもなく、絡まりあった謎を解く知力でもなく、その人間的魅力を以って大勢を動かすカリスマでもなく。
ことこれほど、純粋な政治力だけを武器として巨大な世界そのものへと戦いを挑もうとした主人公が、ライトノベル界隈にいただろうか。ちょっと自分の記憶からは発掘できない。
しかも、彼は王様でも国政に発言力の在る貴族でもない。官位も立場も何もない、後ろ盾すらなくなった子供に過ぎないのだ。実際、彼と葉桜の存在は南方学という個人の才覚に注目している人物こそ何人かいるものの、政治的にはまったく無意味な存在として、どの勢力からも無視されているのが現状だ。茉莉花は戒める。もう、事態は学や葉桜がどうこうできるレベルを超えている、と。監察官稲雀も云う。人が一人動いたところで大勢に影響はない。安全なところで嵐が過ぎ去るのを待ち、葉桜と二人、普通の子供らしく生きればいいではないか、と。
然るに、南方学と葉桜は凄絶ですら覚悟を以って、渦中へと飛び込む決意を固める。
何故なのか。
結局それは、茉莉花や恵吾が穏健派、融和派として長きに渡り政治闘争の激流の中で戦い続けた理由と同じものなんですよね。
愛する人が夢見た理想を守るため。大切な人と共に過ごせる世界を守るため。恵吾が、今は亡き鶺鴒の意志、願いを守るために戦い続けたように。茉莉花が恵吾や学たちとの関係を守るために、評議長の座に立ち続けたように。
そして今、学もまた、ただの子供として誰かが代わりにやってくれるのを待つのではなく、自らの手で葉桜とともに生きることのできる今の世界を守るために戦う事を選んだわけだ。
アポストリと人間である葉桜と学の関係は、アポストリと人間が友好関係にある社会であるからこそ維持できるもの。だからこそ二人の関係を守るためには、社会に干渉し、世界に働きかけなければならない。
幸か不幸か、学にはその才覚があったわけだし。
ある意味これ、セカイ系の対極なのかな?

なかなか興味深かったのは、南方恵吾と茉莉花の意見の違いなんだよなあ。自らの理想を託して、普通の世界ではなく、権謀術数の政治の世界に息子である学が飛び込む事を望んだ恵吾と、渦中から学を遠ざけ関わらせまいとし、(あの事件によって冷静さを完全に失っていたとはいえ)権勢の限りを尽くしてでも、学を守ろうとした茉莉花。
これって、父親としての立場と、母親としての立場の違いによるものなのかなあ、などということをつらつらと思ったり。あの態度を見てると、やっぱり茉莉花って、恵吾のこと、想ってたんだろうなあ……。
そして、学が選んだのは庇護されることではなく、母と妹を見殺しにした挙句に政治的に利用し、また息子である自分を政治の駒として扱う事を厭わなかった、憎むべき父の理想を後継すること。
この辺はやはり、学も男というべきか。


反アポストリ派政治家の暗殺を契機として、【水車小屋】の謀略によりアポストリと日本との関係は急速に悪化。もはや、二度目の戦争がはじまるのも時間の問題とみなされる世論に、彼と葉桜がどういった手管を以って立ち向かうのか。
権謀術数の限りを尽くして、この戦争を止めてやると覚悟を決めた彼の打つ手。薄らとその筋道は、学が最後に開いて見せた、彼が持つ最大にしておそらく最後のカードでもって見えてきたけど、いやもう実際どんな風にこの破局的状況をひっくり返して見せるのか、楽しみで仕方がない。


挽回不可能に見えて、なるほど実のところこの最悪の事態を打開する血路は、なくはないんですよね。今のところ、人間側もアポストリ側も世論は戦争へと傾いているけれど、総意としてそれが決定的になっているわけではない。それどころか、人間側で事態を悪化に導いているのは社会情勢や政府の意志決定ではなく、【水車小屋】という一点に集約されている。つまるところ、人間側は【水車小屋】を。アポストリ側は秋氏族を中心とする過激派を、なんとかすればいい。
幸いにして、両者ともパレスチナ紛争などでのマクシマリストなどのように妥協の余地のない集団ではない。以前の水無瀬の動きや意見などからも、彼らがアポストリを危険視しているのは感情的、恣意的なものではなく、現在のアポストリと日本との関係が将来的に国を危うくするものになると想定した上での行動と見受けられる。アポストリ側の過激派も、燈籠の言葉や茉莉花の語った内容からして、現状の人間との融和政策への一般世論の絶望感を背景とした現状打破のための戦争選択を指針としているわけで、それぞれ、戦争以外に改善不能とみなした問題点に対して、別の解決策、改善に至る証明を示せば、受け入れる論理性を保持しているように見えるんですよね。灯籠なんか危うそうだけど、話聞かない人じゃないからなあ。最後のあの人を守った行動も、自分たちが選んだ道とは別の可能性を閉ざさないため、とも見えるし……。

うーん、しかしこうしてみると、四・一八事件から二十年。二百万近い死者を出す羽目になった破滅的ファーストコンタクトから、南方恵吾や鶺鴒、茉莉花たちはよくぞここまでアポストリと人間との融和社会を構築したと言えるんだけど、同時にそれもここにきて行き詰まり出していたんだということが実感される。
稲雀が言っていたのとはまた別の意味で、恵吾たちは失敗していたのかもしれないなあ。もちろん、それを打開するための尽力を、ずっと恵吾たちは続けていたんだろうけど。でも、どれほど恵吾や茉莉花が奮闘しようと、現状は緩慢な壊死を迎えつつあり、その劇症が【水車小屋】であり、秋氏族の対応となってきたわけか。
結局のところ、一度何らかの形でアポストリと人間との関係は、現状を破却しなければならなかったのかもしれない。
それを戦争によって一度跡形もなく打ち壊すか、それとも今の理想が引き継がれるよう穏当に着地させるか。そのせめぎあいが今、起ころうとしているわけだ。

となると、学の勝利条件も見えて来るな。最後に彼が引っ張り出してきたカードは、それを叶えるための交渉の場に立つための立ち場づくり、ということか。


しかし、ここまで事態が急展開を見せ始めると、前巻で危惧していた葉桜の評議員候補の資格はく奪という事態からくる、拠り所を喪った彼女の不安定な精神をどうやって支えるか、という問題は、事態に巻き込まれてそれどころじゃなくなってしまったなあ。冒頭では確かに、ポッキリ折れかかった葉桜を、どう支えるか学が苦慮するシーンが続いていたけれど。
まあ、幸いというべきなんだろう。葉桜は、縁って立つべきものを、ばっちり見つけたみたいだし。お互いがお互いに寄せる信頼は、もう何があっても壊れそうにないしね。
だが、学の野郎は、もう、ねえ。実にあっさりと、何のためらいも逡巡もなく、前置きすらなしにポンと自分の命を葉桜に預けるあたり、葉桜も生きた心地しないよなあ、これ。三巻でもそうだったもん。信頼しているのはいいけど、いい加減にしないと葉桜の精神すり減るぞ、それ。
この気の利かなさは、父親譲りか。となると、将来絶対子どもと揉めそうだな、こいつ(苦笑