BLACK BLOOD BROTHERS11  ―ブラック・ブラッド・ブラザーズ 賢者転生― (富士見ファンタジア文庫)

【BLACK BLOOD BROTHERS 11.賢者転生】 あざの耕平/草河遊也 富士見ファンタジア文庫

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終わった。終わってしまった。
その事実を前にして、湧き上がり押し寄せてくる様々な感情の波に、ただただ翻弄される。
しかし、意外なほど喪失感はない。寂しさもない。もうこれ以上この物語の世界に住まう眩しいばかりの魂の持主たちの姿を読めない、というのにだ。
あざの先生のエンターテイナーとしての手管は、その意味では物語を完結させるやり方においてさえ、読者に対して行き届いていると言っていいのかもしれない。たとえ物語が、ページ上に文字列として描かれる形においては終わりを迎えたとしても、この赤と黒の血が交わる世界が泡沫のように消えゆくのではなく、何一つ終わることなく、先へ、未来へ、次の世代へと引き継がれ、様々な物語が紡がれていくのだろうというヴィジョンを、刻みつけていってくれたのだから。
だから寂しさなど何処にもなく、想いを馳せることただそれだけで、再び彼ら彼女らが駆け抜けていった世界の姿を脳裏に垣間見ることができる。刻々と変わっていくであろう世界を想像できる。
それがただ、嬉しい。
終わってなお、物語が続いていくだろうことが嬉しい。

出会いあれば別れあり。
しかれども、別れた先で想った人が元気であり続けてくれるのなら、たとえ二度と逢うことがないのだとしても、別れは決して辛くはない。
つまりは、そういうことなのだろう。



赤い血、人間の。黒い血、吸血鬼の。
この物語では、様々な形の意志の継承。世代を経て受け継がれていく想いというものが描かれてきた。
賢者の血統、ジローに課せられた血の宿命、サユカに受け継がれたゼルマンの意志のような、血によって引き継がれていく、吸血鬼独特の在り方。
また、陣内の遺志をミミコが引き継ぎ、より大きく翼を広げていったような、人間の世代の引き継ぎ方。
どちらが是で、どちらが否というわけではない。そのそれぞれの在り様を、まるまる飲み込み、すべてを肯定するようにして結実していく未来の形。
それはさながら、新しい世界での人間と吸血鬼との新たな関係の誕生を祝福するかのようだった。
カーサや九龍の家族たちが、ワインに託した思いが。ジローとミミコの間にうまれたものが、まさにその象徴、この大きな戦いと世界の変革がもたらすであろう世界の未来の、希望の光の象徴だったのではないだろうか。
まったくすごい。ここまで見事な形で、常にこの物語の根底に流れていたテーマに解答を叩きつけてくれるとは。もう、痺れるような快感に震えるしかないではないか。
おめでとう。ありがとう。ここまで書きたかったであろうことのあまねく全てを余すことなく書き切ってやったぜ、ってなものを見せられては、読者冥利に尽きるというものである。ほんとに。まったく本当に。


しかし、ある種の痛快感、カタルシスにいささか欠けた点があったのは否めないなあ。もちろん、理由は明快にして明確である。
倒されるべき敵。憎むべき仇敵。世界に仇なす大敵であるところの九龍の血統。
あの連中が、あまりにも愉快で、優しくて、温かで、眩しいぐらいの絆と愛情によって結ばれた、とてもとても素敵な家族(ファミリー)であったからだ。
敵として扱うには。倒される相手として見るには、あまりにも最高なヤツラだったからだ。
決して強大な敵などではなく、むしろ抗いがたい世界のうねりに勇ましくも誇り高く、持てる力と知恵を振り絞って戦いを挑んできた弱者たちだったからだ。
その彼らが、一人一人、倒れていく姿に、どうカルタシスを感じることができるだろう。どんな痛快感が生まれるというのだろう。
だからと言って、九龍側にだけ一方的に感情移入していたわけでは無論無い。ミミコの、ジローの、ケインの、サユカの。カンパニーを含めた吸血鬼・人類連合サイドの感情移入度も、最高潮に達していたのだ。
勘弁してほしい。敵味方、どちらもこんなに好きなのに。全身全霊を賭して戦い、抗い、生きようとして、世界を作ろうとしている姿にこれほど心打たれているというのに、その双方が争い、戦う事が運命づけられているんだから。どちらかが倒れなければならないことが決まっているわけだから、辛かったなあ。苦しかったなあ。
かといって鬱になるわけじゃないんだ。恩讐を超えた先、というべきか。互いに憎み恨み負の感情を募らせて傷つけ合った時期は確かにあったと思うけど、この最終決戦には不思議とネガティブなところは感じられなかった。誰もかれもが、眩しかった。光り輝いていた。
相容れぬはずだった二つの陣営。だけれども、戦いは避けられなかったにしろ、互いには認め合い、通じ合う何かが生まれていたように見えて仕方ないのだ。カーサを前にしたケインのあのセリフ。ミミコとカーサの約束。そして、ジローとカーサの最後の戦い。
だから、カルタシスなど感じなかったのは確かだけど、それとはまったく別の、とても深い感慨と、どこか不可思議な爽快感を、この最終決戦から受け取った気がする。

だからこそか。少しばかり、いや大いにか、この九龍の血統を生みだした世界の脈動が憎らしい。
はぐれ者たちの寄る辺となったこの血統だけど、乱を好む性質、血を吸って血族を増やすという特性から、世界と相容れぬ性を持たせ、新たな世界を生み出すための生贄のようにして、従来の世界を壊させ、罪を犯させ、用が済んだら使い捨てるように排除させた、世界が恨めしい。
やつらは、本当に素敵な連中ばかりだったのに。囚われたコタロウが思いのほか九龍の家族たちに馴染んでいたように、
もしワインがミミコを噛んでいたとき、カーサの企みが成ってミミコが九龍の血に感染していたら、と思う事がある。きっと、笑っちゃうほど馴染んでいたんだろうなあ、なんて光景が思い浮かんでしまうのだ。カーサにからかわれながらも肝心な時にはお尻を叩いて喝を入れ、ザザなんかも頭があがらず、ダールからは可愛がられ、弟たちからは小うるさいちいお姉ちゃんとして、うるさがられ、慕われて、ちょっぴり恐れられ。みんなを引っ張り回し、引っかき回し、逆に引っかき回され、頭を抱えて怒鳴り散らす。
そんな光景が容易に思い浮かんで仕方がない。

元は孤児で家族を知らないミミコは、思いのほか九龍の家族たちと相性が良かったのかもしれない。
ミミコがもし、あちら側にいれば。結局、ダールやザザでは抑えられなかったカーサの激情を、カーサという個性を殺すことなく見事に制御できたんじゃないだろうか。
アリスにもジローにもケインにも結局埋めきれなかったカーサの心の虚。それはリズと出会い、九龍の血統という家族を得て、蓋がされたのだろう。彼女は十分、満足していった。
でも、本当に彼女の虚を埋められたのは、もしかしたらミミコだったように思えてならない。この作品の登場人物の中で、もっともミミコという人が必要だったのは、カーサだったような気がしてならない。
カーサとミミコが敵ではなく、家族だったら。そんな「if」に想いを馳せるのが、少し楽しい。

それからすると、ミミコがワインとした約束は、実のところかなり惹かれるものがあるんですよね。
ミミコが本気になってワインを立てるようなことになったら。どこか、心躍るものがないだろうか。胸沸き立つものがないだろうか。
きっと、今回の一件が比肩にならないほどの大混乱が世界を満たすことになるに違いない。一つのテロリズムに過ぎなかった九龍の抵抗は、まったく形を変えた世界を変革する激動になるのがまぶたの裏に浮かんでくる。
そして、その中核にいる新たな家族たちは、きっとかつてのそれに勝るとも劣らない、素敵で愉快な面々であるに違いないのだ。


あとがきで作者が囁いていた、この世界のその後の物語にも相当心躍ったものだけど、ほんとに、終わったにもかかわらずこの作品には想像がつきることない可能性が詰め込まれていて、少し想いを馳せるだけで一気にそれらがあふれだしてくる。
まったく、楽しくて仕方無い。もう終わってしまったと言うのに、楽しくて仕方がないよ。


あと、少しだけ個人にも触れる。

カーサは、結局もう一人の主人公として、見事に走り切ったなあ。
この人は、結局最初から最後まで、どんな立場に立っていても、みんなのお姉ちゃんだったな。アリスたちと一緒にいたときも、九龍の血統になったあとも。みんなの頼りになるお姉ちゃんにして、みんなが守り支え助けてあげないと、と思ってしまうお姉ちゃん。
結局、彼女をよく知る人たちは、みんなカーサが大好きだったんだよね。罪作りな人だよ、カーサは。自分がこんなにも愛されているということを、彼女は頭では知っていたとしても胸の部分で分かっていなかったところがあったんだろうなあ。
もしかしたら、それを思い知ったのが、ケインが目の前に現れたあの時だったんじゃないだろうか。あの激しすぎる動揺は、ケインの想いに打たれたものは当然としても、それ以上に自分がどれほど想われ、大切にされ、愛されていたかを、本当の意味で思い知ったからなんじゃないだろうか、なんてことを思ったり。頭ではわかっていた、みんなが自分を愛していてくれた、という事実に、あの瞬間、実が籠り、色が生まれ、匂いや質感が生じ、本当に確かなモノとして感じとることが出来たんじゃないだろうか。
ただの、想像だけどね。
でも、だから。カーサはさいごまで幸せだったんじゃないだろうか。
そう、思うことにする。


通してカッコ良かったのは、間違いなくサユカさんだよなあ。この人はもう、あらゆる意味で化けた。もう惚れた。彼女に関して書いてたら、それこそ尽きることがないので、もうやめとく。やめとこう。
いやもう、最高にかっこよかったよ。

他にも書きたい人はいくらでも。それこそ、いくら書いても足りないくらいに。
だから、このへんにしておこう。



史上に残る大作にして、傑作でした。
終わることを惜しみつつ、また新たな先生の作品が読めることを喜んで。