パラケルススの娘〈8〉クリスマス・キャロル (MF文庫J)

【パラケルススの娘 8.クリスマス・キャロル】 五代ゆう/岸田メル  MF文庫J

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ほぼ二年ぶりの新刊だけれど、このシリーズは意外と内容をしっかりを覚えていたなあ。と、言うよりも首を長くして続きが出るのを待っていたんだから、覚えていて当然か。この頃はさすがに打ち切りになったのか、と諦め半分だっただけに、新刊が出ると知った時は嬉しかった。
というわけで、久々に手に取ってみて読んでみて思うんだけど、かなりマイルドかつ今どきのライトノベル風のスタイルにのっとって描かれているとはいえ、この作者の作品は同じMF文庫の他の作品と比べるとどこか異色な雰囲気だよね。この二年の空白を得ることでよりその辺が顕著に感じられた気がする。筆調の風格が違うんですよね。さすがは富士見ファンタジア文庫の黎明期から活躍している古参の正統派ファンタジーの書き手、というべきか。
この人、作品があまりにも正統派すぎてちょっと話にしても世界観にしても重厚すぎて人好きしないきらいがあったかして、決して売れ線ではないし長いシリーズも書いていなかった覚えがあるんですけど、その中ではこのパラケルススの娘はこれで8巻という長期シリーズになっているわけで。五代ゆうという人の特色や風味を損なうことなく、現在のライトノベルのスタイルを取り入れて、見事に昇華した素晴らしい作品になってるんじゃないでしょうか、これ。
とはいえ、そろそろ物語もクライマックスに入っているわけで。クリスティーナとレギーナ。匂わされていた二人の正体、彼女たちの過去がここでスパンと明らかにされてきたのでした。今までは、遼太郎が主役であり、彼の成長や彼の周りに集っていく女の子たちをクリスティーナが皮肉めいたそっけない態度ながら、庇護者として見守り、時に導いてきたわけですけど、ここに至り物語の主体がクリスティーナへと移っていった感じ。精神的な修養がほぼ完成へと至った遼太郎に対して、庇護者であったクリスティーナの方が未だ過去の呪縛にとらわれ、永劫の時間の中でうずくまり続けていることが明らかになってくる。魔術師シモンとの対決が迫り、傲岸不遜のクリスティーナの奥底にチラチラと垣間見え出す怯えの影。それは、シモンを恐れているというよりも(このクリスティーナが誰か個人を恐れるというのは考えにくいしね。あの凄惨な過去回想でのシモンの圧倒的な威容に対してすら、クリスティーナは少なくとも恐れは感じていなかったわけだし)、遼太郎たちとの生活を通じて自分の中に芽生えはじめていた何かが、自分とレギーナに対して決定的な変化をもたらすであろう予感に、震えていたように見える。そのあたりを顕著に示唆していたのは、数十年ぶりの日本の友人との再会のシーンだろう。あんなに感傷的になってるクリスティーナって、見たことなかったもんなあ。
遼太郎と出逢ってから…否や、訪ねてきた櫻井が残していった感謝と友誼の言葉や孫を託してきたおたかからも分かるように、レギーナとクリスティーナ、二人だけで完結していた世界は、いつの間にか随分と広がり、二人にとって大事だと思える人は両手で抱えきれないほど増えていたわけだ。
それは既に変化しているということであり、ようはそれを認めるか否定するかという段階に至ってるんですよね。過去に引きずり込もうとするシモン。現在という安住にとどまりたいクリスティーナ、未来に引っ張り出そうとする遼太郎たち。この綱引きの鍵を握っているのは、やっぱりレギーナなのかな。彼女が本当の彼女として動いたとき、何もかもが動き出し決定づけられるような予感がする。


それにして、遼太郎は。あの出てきた当初は拗ねていじけていた少年が、大きくふてぶてしくなったもんだなあ、と感慨深い。クリスティーナの皮肉にもまるで動じなくなった上にやり返すようにすらなったし。ありゃあ、主人からしたら可愛げがなくなった、と言いたくなる態度かもしらんけどw
何にしても、あの懐の深い男っぷりには感嘆させられる。瞠目したのは、あのシャルロットを迎え入れた時の遼太郎の訥々とした語りだ。言ってる内容自体は決して珍しいものじゃない、よくあるパターンのそれのはずなんだけど、彼の口から紡がれるとこれほど違うものか、と驚かされた。とてつもなく大きな包容力。優しく思いやりに満ちた言葉の連なり。正直ね、めちゃくちゃ感動させられてしまった。あんな風に言葉を贈られて、シャルロットからしたらどれだけ心安らかに、思い詰めた気持ちが解きほぐされたことだろう。受け入れられ、家族と呼ばれ、どれだけ嬉しかったか、どれだけ温かい気持ちになっただろうか。
このシーンはほんと凄かった。これは、並みの作家じゃとてもじゃないけど、至れない領域だよ。ほんとに、圧巻だった。

続きは出来れば年内には来てほしいなあ。このクライマックスの盛り上がりは、何年も放置されたくない。