いつも心に剣を〈2〉 (MF文庫J)

【いつも心に剣を 2】 十文字青/kaya8 MF文庫J

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こりゃあ、少し思い違いをしていたのかもしれない。私はレーレの事を人間らしい心はあるにしても、人間性が表に出にくい道具的な特異性を強く持つ子供なのだと思っていたのだけれど、この巻におけるヨナハンに対するレーレの接し方を見てると、少し違うんじゃないかなと思うようになってきた。
もともと、この作者のキャラクターの描き方って、地の文でこれでもかと書かれるキャラの心の内の言葉が決してイコール本心ではないんですよね。その場面におけるその登場人物が心の内側で思っている事なのは間違いないんですが、それがそのままその人の表裏ない本当の気持ちかというと、そうでもないわけです。
レーレが言葉に出さないところで思っていることというのは、ユユに関してのことばかりで、それ以外の人間の事については邪魔者としか思っていないし、旅程を同じくすることとなったヨナハンとセルジュのことは消えてほしいと願ってばかりいます。彼の内面の言葉をその通りに受け取ると、彼はユユの存在以外には何者にも価値を見出していない、一種異常な人間にしか見えないわけですけど……はたしてこの子、本当にそこまで異常な子なんだろうか。追い詰められたヨナハンへの共感や、彼を叱咤するような言動。他者の命を奪うことへの忌避感や嫌悪感。一般的な社会通念の従順な浸透。普段のユユへの執着を除くと、咄嗟の判断や無意識の行動、ユユが介在しない場面での彼の在り方というのは、冷静に振り返ってみると言うほどおかしいものではないんですよね。
特に、向こうから積極的に接してくるヨナハンへの態度を見てると、レーレの特異性というのは、単純にこれまでユユ以外の人間と接することが極端に少なかったために、ユユ以外の人間との接し方を知らない事によるものなんじゃないだろうか。
もしかしたら、ユユとレーレ当人たちが思っているほど、二人の関係というのは強固ではないのかもしれない。
ただこれは、二人の関係がより良い方向に発展していく可能性がある事を示しているようにも見えるんですよね。今のままだと、二人ともお互いを拠り所にし過ぎていて、泥沼に足を突っ込んでしまっているようにも見えるし。


このシリーズ、読んでてなんでこんなに苦しいかと思うんだけど、これって結局、視点となるユユとレーレのいる人間側の論理が醜悪で旧弊的であり、むしろ剣を交える魔女側の方が共感を覚えやすい思想に則って行動しているからなんでしょうね。だいたいからして、ヒロインのユユが心情的に魔女側に共感している節があるし、今回に至ってはヨナハンやセルジュたちも含めて、自分たちが座している人間側の社会通念に苦しめられるわけですから、そりゃあ苦しい。
でも、その人間側の通念を、簡単には間違っていると否定することはできないんですよね。実際、ヨナハンはあれほど苦しみのたうち回りながら、最後までそれが出来なかった。自分が所属する社会の正義を否定することは、人間である事を捨て、人間の社会に生きる事を捨て、それこそレーレが言ったように何もかもを捨てる覚悟が必要になる。捨てるだけではなく、今まで自分が所属していた世界から罵られ、蔑まれ、憎まれ、全否定されることになる。まあ無理だわな。難しいとかいう話じゃなく、自分が生まれた時から教え込まれてきた考え方、意識を根底から刷新しなければ、とてもじゃないと出来るものではない。多少疑問を抱いた程度では、とても出来るもんじゃない。それこそ、何かに魅入られでもしない限り。
ユユとレーレにしても、根なし草の平民という、殆ど外れかかっている立場ではあるけれども、それでも人間社会に所属することで生きている、という身の上にしがみついているわけですし。

それに、今のところ人間社会側の暗部がこれでもかと見せつけられ、魔女側の自由で愛に溢れた姿が描写されているわけだけど、それらはそれぞれ一面的なものでしかない、と考えて構えておいた方がよさそうではあるわけで。魔女側だって、決して正義ではないはずなんですよ。今回だって、随分と残酷な仕手を打ってるわけですし。今のところ彼女らの側は虐げられる少数派であるが故に、しがらみが少なく見えている、と考えた方がよさそう。

いずれにせよ、泥沼が待ち構えているのは間違いなく。色々な意味で続きが楽しみである。
セルジュが仕掛けてきた策謀は、これ大波乱必至だよね。ユユがどう反応するか、すっげえゾクゾクするのですけどw