犬憑きさん 下巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ)

【犬憑きさん(下)】 唐辺葉介/Tiv スクウェア・エニックス・ノベルズ

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上巻で垣間見えたヤマヒコの絶望的なまでの脅威と悪意、不穏な終わり方から、まさかの皆殺し展開もありうるか、と戦々恐々で迎えた下巻だったが、比較的穏当な形で終わってくれたので、ひと先ずはほっとしたというところか。
この話で一番興味深かったのは、どうしてだか御門さんの事なんですよね。彼がヤマヒコを追う動機は、結局最後まで明確に明かされないまま、恐らくは彼本人にも具体的に明瞭とならずに終わってしまったんだけれど、そんな曖昧で漠然とした動機しかない中で、あれほど過酷な追跡と対決を続ける原動力が、いったいどこから生まれていたのだろうか。行きずりの助手となった女子高生の浩子は、それをヤマヒコに殺された婚約者に対する愛だと勝手に位置づけて感動していたけれど、それを御門は自分では否定している。案外それが真実だったりするのかもしれないけれど、気まじめで面白みのない女だった婚約者と結婚に至る事に憂鬱な気分を抱えていた彼が、婚約者の惨殺死体を見た瞬間に「助かった」と思ってしまったのは紛れもない事実なのだろう。だとすれば、彼がヤマヒコを追うのは、その瞬間悲しみでも怒りでもなく安堵を感じてしまった自分の罪悪感を打ち消すためだったのだろうか。だとすれば、彼は結局結婚と言う鎖には結ばれなくても、その婚約者に人生を縛られる羽目になったわけだ。
関わるものすべてが死んでいき、警察すらも白旗をあげてしまったヤマヒコ事件を執拗に追いかけながら、復讐者として感情を高ぶらせるでもなく、どこか淡々とした諦観に身を浸していた御門智徳。不思議な生きざまだったけれど、どこか魅力的でしたね、うん。

ヤマヒコは、ホラーものならではというべきか、正体不明の未知の存在だったときは、その得体の知れなさ、関わるもの全てがどうやっているのかも分からないまま殺されていくというとても太刀打ちできない、対処のしようが想像もできないという万能感から、凄まじいまでに圧倒的な存在感を示していたのだけれど、いざその正体が知れてしまうと、やっぱりというべきか、一気に等身大の存在になっちゃったなあ。
対決するためにはその姿を現して貰わないとどうにもならないわけで、こればっかりは仕方無いんだろうけど。未知じゃなくなったら、そんなに恐ろしくはなくなっちゃうんだよね、残念なことに。
その動機や行動原理も異常で猟奇的ではあっても、想像を絶するようなとんでもない代物ではなかったし。
しかし、殺人の手段として彼の用いていた呪法は絶対無比なんだろうけど、情報収集の手段としてはどうなんだろう。有効ではあるんだろうけど、マスコミ、警察関係者のべつくまなしに、ヤマヒコ事件にかかわろうとしている人間をあれほど迅速に感知、発見、特定するのは相当困難だと思うんだけど。組織によらず個人で動いていた場合など、特になかなか気付きそうにないと思うけど。
と、正体を明らかにした途端に恐ろしさが減じてしまったヤマヒコだけれど、上巻で撒き散らしていた恐怖感は、やはり凄かったと言わざるを得ない。

思いのほか爽やかな結末となったのは、やはりメインとなる女子高生たちが、この狂気と強迫観念に満ちた世界観の中で眩しいくらいにまっすぐで善良な人間性を貫いていたからなんでしょうねえ。みんな、それぞれ歪み捩じれた人格になっていておかしくないような過去を持っているくせに、それぞれの意志の強さ、出会いの恵まれ方によって、心地よいくらいの善性を獲得している。暗くどこか淀んだ世界観であるからこそ、そうした彼女たちの輝きは、人間捨てたもんじゃないという気持ちにさせられる。上巻の最初のお話なんか、ただの女子高生が悲惨な現状に絶望し、闇に墜ちていく話だったわけだけど、あれだって最終的には闇に沈み切らずに救いが残された展開だったしねえ。どこか、人の善性を信じてやまない清廉さが、この作品の根底に流れているような気がする。
典子なんか、歩との付き合いを始めるエピソードからして、べらぼうにカッコいいもんなあ。そのカッコ良さ、そっけない友情の厚さといい、キャラクター的にもう、あのシーンは絶対ダメかと絶望したもんだけど(苦笑
ちなみにキャラクターデザイン、歩と典子はイメージでは絶対逆だと思うんだけどなあ。

マークと真琴のさいごのエピソードは、しんみりとしてしまった。成長した真琴にとってそれは必然だったのかもしれないけど、幼い頃から彼女の傍に居続けたのはマークだったわけだしねえ。彼が、彼女の意識の投影に過ぎなかったのだとしても。
そして、そんな真琴に歩が笑顔とともに投げかけた言葉の解釈に、思い沈む。


次回作はすでに用意されているらしい。二作続けてこれほどのクオリティのものを読まされては、三作目も期待するなと言う方が難しいサね。