アニスと不機嫌な魔法使い4 (HJ文庫)

【アニスと不機嫌な魔法使い 4】 花房牧生/植田亮 HJ文庫

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シド・マスター。稀代の魔法使いにして、過去に縛られ、父親への憎悪にまみれた妄執に囚われた永遠の時の囚人。
気難しく狷介で短気で偏屈者の彼は、頑なに他人を遠ざけ、独り塔の中に籠もり、孤高のまま傲岸な振る舞いを続けていた。
そんな彼の周りに、賑やかな笑い声が響くようになったのはいつからだろう。不機嫌そうに眉をしかめ、怒鳴り散らしてばかりいた彼の表情に、淡いながらも微笑みが浮かぶようになったのは何時からだろう。
彼が、憎むべき父親とそれにまつわる因縁との対決を、終生の目的ではなく、ただただ大切な少女を守るための手段へと変えたのは、いったい何時からだったのだろう。
一巻のころから比べると、本当にシドは変わったと思う。変わったというよりも、頑なに凝り固まっていたものが、解き解されたというべきか。
アニスを守るために積極的に塔の外に出て、旧知の人物を訪ねるシドの交友関係を見ていると、案外と親しい知己が、それも心の底から彼の行く末を心配し、力を貸すことを惜しまない友人たちが多い事に気づかされる。シドという男が本当に気難しいだけの人物だったとしたら、はたしてこれほど親身になってくれる友人たちが多くいるだろうか。そう考えると、シドの偏屈者な性格は元のものとしても、一廉の人物たちが友情を惜しまないだけの魅力を持った人物だったはずなのだ。
それが、彼を蝕む呪いと長い時間が彼を狷介せしめ、より頑なにしていったのだろう。彼が心を許す親友たちが、皆老境の域に達した者たちばかりで、その間の世代に関しては親しい知己が殆ど伺えないことからも、シドが送った歳月の流れ方が伝わってくる。
その中で、彼が変わるきっかけがあったとしたら、それはポーラの存在なのかもしれない。だが、彼女はシドを変えるには至らなかった。彼女の真摯な優しさは、彼に安らぎを与えたとしてもその蝕まれた心の闇を駆逐するほどの強さはなかったのだろうか。
ポーラも、きっと痛恨だったのだろう。だからこそ、シドから預けられたアニスに、シドを託したのだ。
アニスは、見事にポーラの願いに応えたと言えるだろう。無邪気で奔放でややも常識を逸脱したところのあるアニスは、頑なに他人を拒絶していたシドの思惑など完膚無きまでに無視して、彼を振り回していく。それこそ、彼が何もかもがばからしく思ってしまうほどに。
アニスは、その個性を持って多くの人々をひきつけ、孤高だったシドの周りにうるさいほどの喧騒を引っ張り込み、シドもシドで不機嫌そうにしながらも自らその輪に加わることを厭わなくなっていく。
賑やかで、穏やかで、平和な日常。
シドにはとんと縁がなかったものが、今やあたりまえのようにアニスを中心として、彼の前には広がっている。それは、一巻から読み続けていた身としてはとても不思議な光景で、だがとてもしっくりと違和感なく受け入れられる光景だ。
世界を滅ぼすと予言され、今まさに世界のすべてを、政治・宗教・魔法の三界すべてから狙われはじめているアニスを、シドは何の躊躇もなく守り通すことを決意している。そこには、父親への妄執に囚われた暗い影はどこにもない。ただ毅然と、不敵に、世界を敵に回すことを受け入れた男の姿があるだけだ。
かつて、自分の立場など一切考慮も、そもそも頭にもなく、ただ自分を庇護する男のために「私はいつかあなたのために戦うわ」と言ってのけた少女のために。
家族のために。

すべてのピースと因果がここに揃い、序盤ともいうべき段階を飛び越えて、まさにこれから本番というところだったのに……あとがきを読む限り、これで打ち切りという可能性が非常に高いという事実に、唖然とさせられる。いや、これほんとに面白いのに、なんで? 
まだ望みは絶たれていないみたいなので、必死に応援しますよ。

それにしても、今回はほんと賑やかだったなあ。女三人集まれば姦しい、というけれど、アニスにビアンカ、そしてマリエルの三人娘が集まってわいわいガヤガヤと楽しげにおしゃべりしているシーンはとにかく楽しい。
ここにマリエルの妹のロッテや、ジークのお姉ちゃんズまで加わってるのだから、今回の姦し度は記録的な高さを誇ったんじゃないかね?
マリエルなんて、魔法使いでも何でもない娘だから、出番はずいぶん減るのかな、と思ってたら、むしろ出番も存在感もアップしていたという罠。この娘のお父さんとの冷戦は、とかく面白くて仕方ない。年頃の娘の扱い方をミスりまくる代理公の所業に、とにかく辛辣で冷淡で怒り心頭な娘さんが、ゾクゾクするほど素敵なんですよね……ってどんな趣向だよ。
ビアンカも、今回はジュリ・メイガスとしての活躍も目立ったし、なによりシドと同じく、アニスを守って世界を敵に回すことに何らの迷いも見せず、決まってるじゃないと云い切り、実際に有言実行してみせたその姿は、ほんとカッコよかった。

とにかく、家族の絆とか友情の厚さが熱くも染み入る素晴らしい作品なのですよ。これで打ち切りは、本当に勿体ない。ぜひぜひ、続けて欲しいところです。祈念。