断章のグリム〈11〉いばら姫〈下〉 (電撃文庫)

【断章のグリム 11.いばら姫(下)】 甲田学人/三日月かける 電撃文庫

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冒頭のシャルル・ペロー版【眠れる森の美女】の内容にはかなり驚かされた。いばらに包まれた城の中で、眠れる姫に王子様がキスをして、みんなが目覚めて、お姫様と王子様は結ばれてめでたしめでたし。と普通の童話版だとここでおしまいなのだけれど、まさかその続きがあったとは。
この内容からすると、王子様の出自というのはかなり解釈の余地があるのだと考えられる。だいたい、王妃が人食いの種族だというのは、どこからどうすればそんな話になるんだろう?

さて、本編の方であるが、毎度の事ながら後味の悪さはとびっきりだ。それに、いつどこから泡禍の悪夢が襲ってくるかという恐怖。今回に関しては普通の一般家庭の一軒家に閉じ込められて、というシチュエーションだったから、異様に切迫感と閉そく感、逃げ場の無いという恐怖感が際立っていたように思う。考えてみると、こういう普通の家の中、もっとも日常的な空間である家の中が、非日常の悪夢に浸食されていく、というのはホラーの定番なんですよね。著名なホラー映画を適当に抜きさして見ても、普通の一般家庭の家の中が舞台となる作品はたくさんあるわけだし。
いつも使っている押入れが、部屋のドアが、水槽の水が、廊下の暗がりが、いつ化け物や怪異が飛び出してくる裂け目になるかわからないという、安心を根こそぎはぎ取られたような恐れ。
その上、雪乃の強大な断章すら通じない、何をやっても対抗できない相手、というのは狭い空間の中というのもあって、凄まじい瀬戸際感が切れ目なしに続いていて、本当に今回は息をつく暇もなかった。
挙句、追い詰められた結果、泡禍の直接の浸食とは関係ない部分で、人の心が壊れていく展開も、重ねて襲いかかってきたわけで。
あれを正気、と言うのなら、そもそも人間の狂気と正気とはどこで区別するべきなんだろうか、と頭を悩ます羽目になる。
むしろ、あの状態を正気だと言ってしまえるところに、雪乃の純真さ、人の良さが垣間見えてしまう。彼女にとって、狂気とは泡禍に侵された事を云うのであって、人が人の侭なら、それはどれほどおかしくなっても人間であり、断章によって壊すべき、殺すべき存在じゃない、と言う事なんでしょう。
その分、少しでも泡禍に侵されている可能性があるのなら、殺せるというのも彼女なのでしょうけれど。以前、それで街一つ焼き払っているわけですし。まあ、その辺を明確に区切らなければ、彼女の心は耐えられないんだろうなあ。

驚いたといえば、彼らの再登場には驚かされた。あの子に関しては、もっと心が破綻して壊れているかもしれない、と危惧していただけに、思っていたよりもずっとまとも、というか以前と同じ断章所有者にしては健全な精神の持ち主のままでいるとは思っていなかったなあ。それは良かったんだけど、おそらく彼がそのままでいられた原因の方が、また不穏で仕方ない。
あれって、いくらなんでも都合が良すぎるんですよね。そんな馬鹿な、という話でしょう。とてもじゃないが、まともな話じゃない。だいたいこれ、【断章のグリム】ですよ? この作品で、何の代償もなしにあんな事が出来るはずがないでしょうに。どうせ、本当にろくでもない、悲惨で無残で残酷な何かが後ろで横たわっているに違いないんだ。だから、彼女の再登場と、可南子さんの顛末については良かった、と思うよりも後々の惨劇を想像してしまって、不安と恐れしか湧いてこない。

事件の顛末は、なんとも悲惨な形に終わってしまった。毎回悲惨であることは変わらないけれど、今回は本当にひどい。
稀に見るくらいいい子で、良い弟だった耀の無残な死もそうだし、そこからもとより壊れていた家族がさらに破綻していく姿は文字通りの惨劇である。なにより、莉緒があまりに可哀想だ。
彼女の行為は正当防衛で、彼女には何も悪いところはないんですよね。自業自得、なんて言える部分は皆無に近い。それでも、彼女はこれから永遠に苦しまなければならないわけです。自らを呪い続けなければならない。
弟の遺した想いは彼女を支える事ができるでしょうけど、それでも重すぎるよ、これは。
いずれまた、彼女も千恵のようにホルダーとして再登場するかもしれませんけど、出来ればせっかく生き残った彼女には普通の幸せを手に入れて欲しいものだけれど……あんな経験したあとじゃ、無理なんだろうなあ。