烙印の紋章〈4〉竜よ、復讐の爪牙を振るえ (電撃文庫)

【烙印の紋章 4.竜よ、復讐の爪牙を振るえ】 杉原智則/3 電撃文庫

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前巻で兄ロアンの末路を知り、皇太子という立場に溺れてしまい、復讐を後回しにしてしまっている自分に気付いたオルバ。
だが、敵である自国の将軍オードリーに、復讐心を滾らせるも皇太子という立場がその復讐への実行を阻む。
彼が長年奴隷剣闘士として地べたを這いずるようにでも生き抜いてきたのは、まさにこの復讐を果たすため。オルバが皇太子の身代わりとなったのは偶然で、彼には復讐以外の目的などそもそも何もなかったのに、ここで皇太子の彼に従う者たちへの責任、という縛りが彼の身動きを取れなくするとは思わなかったなあ。彼の怨讐の強さは、そういう縛りを無視してもおかしくない狂気じみたものがあったわけだし。
ただ、彼の中には憎むオードリーや貴族たちと同じ、醜悪で自分本位な人間にはなりたくない、という想いがあり、それがオルバの自制心となっているんだろう。それは決して、彼に従ってきた元奴隷たちの事を本当に慮っての事じゃない、というのはオルバという主人公の、幾多のラノベの主人公から逸脱した部分なのかもしれない。オルバって潔癖だし思いのほか義理がたいんだけど、本質的に他人の身を案じたりする優しい性格じゃないんですよね。そこが、他人を受け入れず味方や仲間はいても、同志や親友たる人物はいないという孤高の源泉とも言えるのかもしれない。その僅かな例外が、ビリーナ王女なんでしょうけど。オルバは、例外的に彼女の事だけは自分の事のように心配し、知らず知らず気遣い配慮してしまっている。オルバは随分、そんな自分に戸惑っているようだ。そこが、彼女への距離感の取り方のぎこちなさにもつながっているように思える。受け入れようとして見たり、でもやっぱり突き放したり。
敵国の侵略を受けたビリーナの故国ガーベラに救援を送ることに拘ったのは、ビリーナのためという以外に理由はないしなあ。もちろん、皇帝グールへの牽制という意味合いも持たせることはできるだろうけど、それらは結局後付けの理由になるんだろうし。
その意味では、やっぱり唯一ビリーナこそがオルバに寄り添える可能性を持った人間なんですよね。
なんだけど……やっぱりなかなかうまくいかないよなあ。ビリーナからすると、オルバのヒミツは知らないし、彼の自分への態度の不安定さは此方から手を伸ばそうとすると、すっと透かされる感じがして、なかなか踏み込めないだろうし。ビリーナ本人も決して他人とうまく付き合えるような器用なタイプじゃないですしね。でも、必死で自分の婚約者となった相手の事を知ろうとし、近づこうとしているのにそれがなかなか叶わない彼女の苦悩は胸を突くものがある。
だいたい、最後はあんな展開だもんねえ。オルバは、義理堅いしちゃんとガーベラ方面の一件には相応の決着をつけてから、ああいう真似をしたのはそれこそビリーナの事を想っての事なんだろうけど、彼女に何も言わずやらかして放置している時点で、この野郎が他人の心を真の意味で慮れない人間である事は明らかでしょう。気遣ってる相手にあの仕打ちはないわ。
本人が復讐心に擦り切れそうで、さらに長年の怨念が晴らされた後になっては虚脱感に半ば放心状態で人の事なんか考えてられなかった、というのもあるわけだから、同情は出来る。というか、あの状態でガーベラの一件を見事に収めてみせたのは、むしろ称賛すべきなのかもしれないなあ。
いや実際、オルバの心身の摩耗度を考慮に入れなくても、ガーベラの国境紛争の手打ちのさせかたは、政略戦の芸術的な一手と言っても過言ではない見事なものだった。オルバの才能って軍事面だけでなくこうした政略面にまで及んでいるとなると、確かに軍師だの腹心だのはいらないよなあ。
オルバのモデルが織田信長だというのもむべなるかな。信長に対する村井春長軒となるべき人物もどうやらあの人がいるみたいだし。
そう、確かに同志ともいうべき存在はそばにおらず、彼の行動はすべて彼の頭脳から出ているという一人の戦いを続けているオルバだけど、味方ともいうべき人は、彼の英雄的な行動に感化され、心動かされていく人たちは着実に増えてるんですよね。オルバの素性を知るかつての奴隷仲間たちも、徐々に変わってきていて、オルバの方に踏み込むようなそぶりを見せている。オルバ本人も、憎みさげすんできた貴族の中にも、一廉の人物がいるのを認め、なによりビリーナという眩いまでに真っすぐな存在に心動かされ、意識が変わってきている。
復讐という個の目的を達した今、彼が何を目指して生きていくのか。それが試される段階で、ああいう展開になってしまうとは。
それだけ限界で、休息が必要だったんだろうけど……。もっとも、オルバの知略を考えれば、この展開さえその先の布石として繋げるための策、とすることになってもおかしくはない。実際、現状では皇帝グールとの対立は危険水域に達していたし、暴君への道をひた走る今のグールの事を考えると、オルバがとった選択は逆にのちのち大きなアドバンテージとなってくる事も大いに考えられる。
でもやっぱりビリーナは可哀想だよなあ、これ。あとで戻ってきても拗れるぞ、これは。


あと、オルバに対する爆弾となっているイネーリだけど、この人もどう転ぶかわかんないんだよなあ。ビリーナに対する憎悪に近い対抗心と、虚栄心に野心。それらを見るととにかくアブナイ人にも見えるんだけど、ビリーナとのやり取りで僅かに窺えた隙、というかビリーナへの対抗心の躓きを見ると、もしかしたらビリーナとうまくやれるかもしれない、という可能性も見えなくはないんですよね。
ゼノン王子が、あの小賢しいだけで実のところあんまり役に立ちそうになかった軍師と和解し(軍師があそこまで自分のこれまでの生き方、やり方を自省するとは思わなかった。上に書いたように自分は今まで彼の事を対して優秀には考えてなかったのだけれど、今後は認識を大きく改めるべきだろう)、手を結んだように。
まー、無理だろうけどw
でも、これまで常に主人公のみならず、キャラクター同士を孤立させ、真の意味で絆を結ぶことなく描いてきた著者が、この作品では徐々にこれまでと違った人間関係の繋がりを描き出そうとしている気もするんですよね。
あとがきを読む限り、よっぽどうがった味方をしなければ無事に続きたる五巻も出るみたいだし、この作品がどう変わっていくか、出来れば最後まで見届けたい。ほんと、続き出してくださいよ。頼みますから。