ヴァンパイアノイズム (一迅社文庫 し 1-7)

【ヴァンパイアノイズム】 十文字青/ま@や 一迅社文庫

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よくぞまあ【ぷりるん】から殆ど期間が開いていないにも関わらず、こんな皮むきして中身の果実だけをポンと置かれたようなモノを、書き出してくるもんだ。この作者の中ではどれほど描きたい情念が渦巻いているんだろう。
でも、【ぷりるん】でもそうだったけど、この手の迸る内面を加工せずにそのまま叩きつけたような作品って、それだけ書き手の生々しい感情とかがそのまま伝わってきそうなものなんだけど、この人の書くそれは異様なほど客観的というか、冷静な観察者的な視点によって支えられているんですよね。恐ろしく情緒的なものが、空恐ろしいほど淡々と、しかし生々しく描き出されている様は、ちょっと背筋が寒くなるくらい。
多少なりともこんな話をこんな風に書いたら、情念に引っ張られてフラフラしそうなもんだけど、その辺は怖いくらいに冷徹なんだもんなあ。
あとがきでは、この物語は十代・二十代の方々に届けたい、って触れているけど、果たしてこの話がそれらの世代に共感を覚えさせるものかどうかは、ちょいと疑問に感じてしまう。まさに、十代・二十代の世代に直撃するような内面が克明に描かれている作品だからこそ、当事者である世代がこれを直視するのは、かなりキツいんじゃないのかなあ。自分なんか三十代で、ある程度突き放した立場であの頃を振り返る事が出来るから、懐旧とともに沁みるような共感を覚えるけど、十代のころにこんなの読まされてたら、気持ち悪くて恥ずかしくて参ってしまってたんじゃないだろうかと思えてくる。
でもまあ、投げ捨てるような話じゃないんですよね。詩歌との関係なんか、成り立ちといい、現状に至った経緯といい、非常にアレで耐えがたくも甘美極まりないものなんだけど、それを直視せずなあなあで済ますのではなく、二人でちゃんと語りあい忌憚なく暴きあい、率直に想いを打ち明け合う、というシーンは、ある意味正しくフィクションもので、エンターテインメントしてると思うんですよね。現実として人はなかなかここまで率直に話し合うことなんてできないし、自分の気持ちをここまでさらけ出し合い、生ぬるくも心地よい関係の正体を暴いてしまうなんて、出来るもんじゃない。本当に生々しくも気持ち悪いだけの話なら、この二人はこのままずっと向き合わず、自然消滅するまでなあなあで時間が過ぎていくのを待っているだけ、となるんだろうけど、この作者はどんなにギリギリの崖っぷちを渡っていても、物語としての幻想は投げ捨てないんだよなあ。
それがどう評価されているのかは定かではないんだけど、自分としてはそここそが、この人の著作を好きな根源的に理由なのかもしれない、と思っている。


今回の一迅社のこの本の帯は、趣向がきいてて面白かったなあ。
よげん【予言】
詠み終えたら、あなたはきっとこの地味な眼鏡娘が愛おしくなる

やれやれ、大当たり。