アップルジャック (幻狼ファンタジアノベルス)

【アップルジャック】 小竹清彦/mebae  幻狼ファンタジアノベルス

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これはまた、洒脱なお話だなあ。作者は元々小説家ではなく、映画や演劇に携わってきた劇作家の流れをくむ人で、活字の小説を書くのはこの作品が初めてだそうで、確かにこのスピーディーな展開とキャラたちの軽妙な掛け合いからは、生粋の小説家にはない独特の息吹が感じられる。あとがきでこの作品は一本の映画をイメージして創ったのだと触れられているけど、映画的と感じられる部分も多いけど、それよりも自分はより舞台演劇的なイメージを喚起させられた。メインとなる舞台が、主人公アップルジャックの自宅であるマンションの一室とアップルジャックたちが夜な夜な集うことになるバー、という限定された空間だからだろうか。実際はシーンは各所に飛び、派手なアクションシーンもふんだんに盛り込まれているのだけれど、この作品のスタイリッシュな雰囲気を強く印象付けているのは、やはりアップルジャックの部屋での少女との共同生活と(なんとなく朝のイメージが強い)、夜のバーでの好きな酒を傾けながらの気の置けない友人たちとのウィットに富んだ会話という所にあるので、会話の軽快なテンポや大仰ながらスマートな言い回しも相まって、非常によく出来た舞台を観客席から眺めている気分になるのだ。
なるほど、これは普通のライトノベルレーベルから出るよりも、確かにこの新書形式の幻狼ファンタジアノベルスにピッタリのスタイリッシュな娯楽小説である。
殺人鬼を殺して回る殺人鬼 アップルジャック。家族を殺され殺し屋に命を狙われる逃亡の過程で殺人衝動に目覚めてしまった少女シトロン。二人の出会いは、やがて過去に囚われた美しく復讐鬼であるストレガと、陽気な振る舞いの内に現在への虚無と絶望を抱えた殺し屋スプリッツァーを巻き込み、各々内に怪物を秘めた現代の怪人たちは少女シトロンの未来を勝ち取るための戦いに挑む事になる。

アップルジャックをはじめとして、この物語に登場するキャラクターはシトロンを含めて明らかに人間として破綻した怪物的なモノをその内側に秘めているにも関わらず、普通の人間以上に人間的で魅力的な人たちなんですよね。スプリッツァー曰く、良く出来たような冗談のような偶然によって出会った四人。最初は何も知らずに友諠を交わした彼らの間には、実のところ驚くべき無視し得ない因縁が横たわっていたのだけれど、彼らは本来なら憎悪と憤怒によって命を奪いあわねばならないような因縁を脇に置き、バーのカウンターで好きな酒に興じながら歓談に明け暮れた、短くも楽しい時間とそこから感じとった相手の人間的な魅力を信じ、またアップルジャックのもとに転がり込んだ少女を脅かす絶望にともに立ち向かう事で、それぞれが喪っていたものを取り戻していく。そう、少女の未来を取り戻そうとすることで、彼ら自身が喪っていた未来もまた、取り戻されていくのだ。
彼ら四人の関係はとても素敵で温かく愛情にあふれている。スプリッツァーは冗談交じりにこの関係を家族のようだと表現し、四人は口々にそれぞれが家族の何に当てはめるのかを指摘しあって笑いあっているが、自分としては彼らの関係が素敵に思えるのは本当の家族のようだから、ではないと思う。あくまで他人同士の集まりであり、疑似家族にすらならない四人だからこそ、その親愛に満ちた距離感が、シトロンを囲むアップルジャックの、ストレガの、スプリッツァーの温かい眼差しが、彼女を慈しむ抱擁感がこの上なく心地よく感じるのだろう。

これは、人の道を外れた怪物たちの、愛に満ちた物語。
彼らの歩き出す未来に、良い酒と存分の笑顔と、暖かな闇と健やかな太陽の光の降り注がん事を願う。