葉桜が来た夏 5 (電撃文庫 な 12-5)

【葉桜の来た夏 5.オラトリオ】 夏海公司/森井しづき 電撃文庫

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近未来ボーイミーツガール、完結編!

 水無瀬率いる<水車小屋>の暗躍により、一触即発の事態を迎えた日本とアポストリ。学は前評議長の娘である星祭を呼び寄せて<十字架>の評議会へ送り込み、アポストリ側からの開戦の引き延ばしを図る。そして自らは<水車小屋>を止めるべく東京へ向かう。一方、葉桜は学との関係について思い詰めた様子を見せるが──。
 人とアポストリ、学と葉桜、それぞれの関係の緊張が高まっていき、本格的な開戦まで猶予のない中、学はぎりぎりの決断と行動を求められる。はたしてその決着は!? 堂々の完結編!

MARVELOUS!!

素晴らしかった。もう完璧に近いくらいに最高でした。ボーイ・ミーツ・ガールとしても政治・軍事サスペンスとしても、見事なほど完ぺきにしあげてきましたよ。MARVELOUS!!

まったく、何度も瞠目させられてきた南方学の政治センスだけど、今回のカードの切り方には戦慄させられっぱなしだった。星祭の使い方が尋常じゃないよ、これ。まさか、以前の灯籠との交渉内容を、ここでこんな風にカードとして切ってくるとは。正直、前回こそ灯籠との駆け引きには押し切りという形で勝ったものの、あれは灯籠がわざわざ学の舞台にあちらもあがってくれたから、という印象だったんですよね。不用意に彼と交渉してしまったから、と思っていたので今回彼に会う事すら拒否して彼の舞台に乗らなかったことで彼女に関してはどうにもならないと思ってたんですが……。
主戦派である灯籠が勇躍するアポステルたちの開戦選択の会議場での、あの顛末。学の繰り出した一手は、灯籠ほどの人物を殆ど一蹴と言っていいほどに無力化してしまうのです。いやもう、このシーンは滅茶苦茶鳥肌立った。学が星祭に託した灯籠への伝言。
「話し合いの機会は与えたはずだ」
には、もう総毛立ったどころじゃないですよ。震え上がった。この会議が始まるまで、灯籠は各方面に根回しを進め、幾多の策謀を巡らせ、度肝を抜くような政治的軍事的切り札まで準備して、アポストリ氏族全体の向かう先の流れをほぼ完全に掌握しきっていた。対して、学はといえば全権大使の父親は死亡し、力を貸してくれるはずの評議長は今や政治力を喪ってしまった状態。そもそも学は何の背景も持たない学生という身分にすぎないはずだったのに。灯籠は圧倒的優位な、比べるのもおこがましい立場にいたはずなのに。
あの傑物、灯籠を完全に手玉に取ったわけですから。もちろん、その手管は薄氷を踏むようなもの。少しでも想定外の事態が起これば余計に状況を悪化させかねない賭けだったわけですけど、もとより戦争へのタイムリミットは迫り、手持ちの札はろくにない状態。
ここで、あんな一手を打てる学の凄まじさには、震え上がるしかないでしょう。
そりゃあ、ここまで鮮やかにグウの音も出ないほどの敗北をくらった灯籠が、学にのめり込むのも仕方ないわなあ。彼に夢中になっていく灯籠の歪んだ情熱を思うと、将来的にも学はまた厄介な相手に見込まれてしまったなあ。

ここで勝ち取った時間は72時間。たったこれだけの猶予を持って、学はアポストリの居留区を出て東京に向かい、水車小屋を打倒しなければならない、というどう考えても途方に暮れるしかない状況から、学は父親が準備していたシステムに食らいつき、星祭をはじめとした人脈を使い尽し、持ち合わせのカードを最適最良の場面で次々にこれ以上ない効果的な手段を持って開いていき、それこそ身を投げ出すように、全身でぶつかるようにして、絶望的な状況に希望の光が差し込むように覆していくのです。

はたしてそれは、葉桜と過ごした故郷を護るため。アポストリである彼女と居られる世界を護るため。そのはずだったのに。
居留区を出た後のふとした瞬間、二人は気付いてしまうわけです。
何もかもを投げ捨てて、このまま二人、外国にでも逃げだしてしまえば、二人はずっと一緒にいられる。共棲の期間が過ぎればいずれ離れなければならない今の世界よりも、それは確実に二人に訪れる安息の時間。
お互い、危地に相手を送り込むことを怖れ、もし相手が死んでしまえば自分もまた生きてはいけない、それほどの想いを学は葉桜に、葉桜は学に抱いている事をそれぞれ自覚していくのです。
特に、葉桜が学に対している想いの大きさには、圧倒すらされました。茉莉花に、学は自分のマエスタだから、と宣誓する葉桜。人間にはないマエスタという概念。星祭がそれを説明してくれるんですけど、これがまた凄まじいもので。その上で、葉桜は自分の想いを学に告げるわけです。
葉桜の告白に対して、学がはっきりと自分の想いを告げられなかったのも、この緊迫した状況かと葉桜の精神面を思えば仕方ないよなあ。
それでも、葉桜と自分の想いを理解し知った上で、その上でなおアポストリと日本政府との間に起こるであろう戦争を止めるために、自分たちの身を危険に晒す。自分たちの幸せと、自分たちの住まう世界の平和。その微妙な齟齬に苛まれながらも、この男はひるまず邁進していくのです。前々から思ってたけど、両想いになろうと結ばれようと、その果てにこの学くんは葉桜に、今と同じような、もしくは今よりももっと大きな苦しい想いをさせるんだろうなあ。なんだかんだと、よく父親の南方大使と似てますよ、この男は。でも、葉桜はそういう彼だからこそ好きになり、そんな彼を誇らしく思い、その彼を助けることに誇りを抱くわけだ。いいパートナーじゃないか。
今のこの二人を見ていると、一巻の時の険悪な関係が信じられない。母親の死に深く関与したアポストリという種族を深く憎悪していた南方学の前に現れた、頑固で気まじめで融通の利かないアポストリの少女。反発し、衝突しあい、いがみ合っていた二人が、自分の生死を、存在すべてを委ねあえるほどの信頼を結び、情愛によって繋がれることになろうとは。
葉桜の想いに対する、学の告白もまた、これ以上ない場面での直球ど真ん中、それでいて状況的にも葉桜の鬱屈も払拭するのにも最も効果的で意欲的、先だって書き連ねた二人の懊悩への答えも含めた、将来の展望もひっくるめて、最高の代物でしたよ、ええ。これほど力強く、カッコいい告白も滅多と見ない一品でした。

まー、あの人の再登場にも仰天しましたけど。学は普通の人間だって言ってたけど、学本人も含めて二人とも普通の人間というにはその人を動かし状況を掌握する力は尋常じゃないよな。


彼らの勝ちとった平和は、彼ら自身が自覚しているように束の間の平和なのでしょう。また、世界が元の姿を取り戻したとしても、アポストリと人間である二人の間には、社会の認知、アポストリの寿命の短さを含めて、様々な障害が横たわっています。ただ、それを乗り越えるだけの多大な力強さを、彼らはここで見事に証明してくれたわけで。凄惨にして過酷な現実の在り様を踏まえてなお、とてつもなく希望に満ちた未来が広がっている、素晴らしいボーイ・ミーツ・ガールの完結でした。
あとがきを読む限りでは、防衛庁にもしっかり取材しにいってたみたいだし、政治情勢の描き方や、各公的機関の描き方、細かい機械システムの描写やその使い方といい、ライトノベルレーベルでは屈指の、というか殆どお目にかかった事のないレベルでの政治・軍事サスペンスでもあり、読み応えの確かさがもうハンパなかったです。
まったくもって、最高傑作でした。最高傑作でした。大事な事なので二回言いました。
これほどのものを読まされては、次回作が楽しみとしか言いようがない。たいへんたいへん、ごちそうさまでございました。