さよならピアノソナタ―encore pieces (電撃文庫)
【さよならピアノソナタ encore pieces】 杉井光/植田亮 電撃文庫

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杉井さんって、作家になる前はマジでいったいなにやってたんだろう。いや、もちろんこの人の前歴ってなんやかんやで有名で、断片的な情報はあとがきからやら何からやらで得てはいるんだが、【神様のメモ帳】といいこの【ピアノソナタ】といい、主人公たちがやってる仕事の混沌ぶりを見せられると、単純にあれやってました、あの頃はこんなことをやってました、というような説明では絶対に理解出来ような、それこそ得体の知れない体験をくぐり抜けてきたんだろうなあ、というのが伝わってくる気がして、畏怖を覚えるんですよね。
少なくとも、業界ゴロとか普通に生きてたらならないしなれないし何やってるかも定かではないもんね。これ読んでても、ぶっちゃけ何やってるのかよくわかんないもん(苦笑
何でも屋って、云うは易しだけど、実際やるとなるととんでもないバイタリティだの行動力だのが必要なんだろうな、というのダケはわかる。直巳にしても、メモ帳のナルミにしても、行動力だの馬力だのといったガツガツと暑苦しいぐらいのパワフルさとは、とんと縁がなさそうな芯の細そうな人間というのが、また面白いんですけど。ひょろひょろで流されそうで気が弱くて、実際ヘタレなんだけど、そのくせやたらとフットワーク軽いし、あっちこっちに足をのばし、顔を突っ込むことをいささかも躊躇わないのは、凄いなあ、と思う。なんか、そういう風に行動することが特別凄いことだと思っておらずとても普通の事だと思ってそうな所もなお凄いよなあ。

とまあ、何の話をしていたんだっけ? 
そう、結婚に至る男女のお話なのである。青春時代を引き摺りながら大人の時代に足を踏み入れたナオ24歳は、紆余曲折の末に音楽業界で業界ゴロになっておりました。ある意味、親父よりも性質悪いよな、仕事内容が節操ない分。
この話も、相当ライトノベルっぽくないよねえ。なんか話の内容がマジで結婚というモノに対する男と女のスタンスや、結婚という契約が持つ人生の中でも意味みたいのが真面目に描かれていて、確かに恋と愛情のお話にも関わらず、夢見がちな部分は丁寧にお引き取り願ってるえらい生々しいお話になってるんですよね。これ、中高生ぐらいだとどんな風に感じるんだろう。
女性からあれだけ明確にサイン出されてしまうのって、ある意味最後通牒だと思ってもそう頓珍漢じゃないよなあ。あれを無視するのって、相当の覚悟が必要になるだろうし。だからと言って流される形で人生の岐路を踏み出してしまうのは、先々を考えても致命的になりかねない。その意味では、ナオはしっかりと心境の変化を得て、自分の意思と願を持ってプロポーズしたわけだから、まあ良かったねえ、と。
哲郎にしてもエビチリにしても、のきなみ大人連中が別れてるのを考えると、先々不安は尽きないのだけど。子供出来たら、真冬も変わるだろうしなあ(笑

そう、ナオと哲郎ってやっぱりそっくりなんですよね。そりゃ細かい所は大いに違うけど、根本のところでまったくもって親子というべきか。おちゃらけた部分はともかくとして、この一本芯の通ったヘタレさ加減は、ラストエピソードを見る限り親子なんだよね。もちろん、哲郎の方が相当のダメ人間なんだけど。でも、愛すべき人なんだよね。もう度し難いほどダメ人間なんだけど。


改めて、このフェケテリコの四人の行く末を描いたエピローグたるこの本を見ると、本編が曲そのものに溶け込んでいた皆を同じように溶け込んだ視点から見ていたようなものだとしたら、この本は曲を奏でていた奏者の素顔を、ほらあれ、BBCのドキュメンタリーみたいな感じで描いたみたいな……自分で云ってて意味不明になってきたな。
とにかく、なんか色濃い音楽の世界、業界? の中で生きてるような息吹が伝わってくるですよね。もう決して揃わないが故に代わる事のないフェケテリコの名前や、かつてと違う立場で向き合うインタビューとか。そこに綺麗な区切られた明確な物語としての終わりはなく、纏まらず引き摺られ刷新されながらも大切に守りとおされた想いが、過去から現在、そして未来へと、これからもそれぞれがそれぞれ生きていくんだなあ、という遥か遠くまで続いていく感覚が読み終えた途端、ひしひしと伝わってきて……それが逆にもう彼らが作者の手を離れ、二度と描かれる事がないのだろうという<終わり>をくっきりと感じられ、とめどない寂寥と満足感に満たされたのでした。
だからこれで、さようなら。