狼と香辛料 13 (電撃文庫 は 8-13)

【狼と香辛料 13.Side Colors 3】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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<狼と桃のはちみつ漬け>
女とは兎角お金のかかるものである、というのは人の世の変わらぬ摂理の一つと言えましょうが、視点を変えてみるならばこれすなわち、女に費やす金こそ男の甲斐性、なんて風に嘯く人もいるわけで。
その意味では、ここぞと言う時ホロを喜ばすための散財を躊躇わないロレンスという男は、大した甲斐性の持ち主となる。普段、商人として金を愛で金を惜しみ金にこそこれ以上なく執着している人種であるからこそ、なおさらその大事な大事なお金様を惜しげもなく費やす行為には重みが増すというものである。
さらに言うならば、それだけ泥沼に脚を突っ込んだごとくズブズブにホロに絡め取られているとも言えるのだけれど。
まあ、その金の費やす先が殆どの場合、食い物に化けてしまうのはご愛嬌というものか。宝飾品などと言ったものではなく食べ物故にこそ、ロレンスもついつい財布の紐を緩めてしまうのかもしれないが。
もっとも、食べ物を与えられているばかりではただの飼い犬、狼とは言えぬもの、などといえばエネク氏がお怒りになられるか。なんにせよ、好いた男に貢がれて喜ぶにせよ、貢がれる一方の関係はホロにとって承服しがたい居心地の悪いもの。となれば、貢ぐための労働に手を貸し尻尾を差し伸べるのもむべなるかな。ロレンスの甲斐性は、ここでプライドに任せてホロを拒絶せず、素直にホロの申し出を受ける所なのだろう。それこそが、もっともホロを喜ばせていることをちゃんと分かっているのかは定かではないけれど。
つまるところ、目的が女の好物であろうと貢物であろうと、二人で働き稼いではしゃぐ姿と言うのは、もう夫婦そのものだなあ、ということなのである。

<狼と夕暮れ色の贈り物>
さてもこの男、女に食い物ばかりを与えるだけではなく、ちゃんと装飾品の類を送りたいという人並みの願望はきっちりと持ち合わせていたらしい。
それで与えるものがアレというのは、なんとも商人らしいというべきかロレンスらしいというべきか。なんにせよ実に本音むき出しをてらわない贈り物で、ホロとしてはむず痒くもそこまで直接的に言われてしまったならば喜ばずにはいられないものだろう。まったく、ご馳走様である。


<狼と銀色のため息>
三話目は待ちに待ったホロ視点でのベタ甘話である。ここぞとばかりに、ホロ女史は相棒がどれほど間抜けで愚か者で愛らしく自分にベタ惚れしている生き物かを力説しているが、あげつらえばあげつらうほど、それだけ彼女が彼のことを好いているのかが、左右に振れる尻尾のようにあからさまに伝わってくるばかりで、何ともむず痒い。
その上、結論として嬉々としてこんな御馬鹿に惚れたが負けよ、と惚気てこられるので、たまったもんじゃないのである。
ご馳走様ご馳走様。


<羊飼いと黒い騎士>
未だに根強い人気を誇るノーラが主人公となる書き下ろし中篇の登場である。といっても語り部はノーラ本人ではなく、なんとエネク氏となっているのだが。この作品も十三巻を数えて幾多の登場人物が現れたが、エネク氏ほど知的で勇壮で寡黙な雄はついぞ現れる事はなかった。その寡黙な彼が語り部となるのだから一体どういう内面が晒されるのかと思えば、なるほどこれはいっぱしの騎士様である。存外、気取り屋なのであった。人とは違う視点での語り口は、なかなかウィットに富んでいてこれがとても面白い。語り部が変わるごとに話の様相から変化する支倉先生の話作りの妙は、またホロとロレンス以外の人物が主人公の話を読みたいと思わされると同時に、【狼と香辛料】以外の作品への興味もまた引き立てられる。あとがきを読む限り、別シリーズの準備も進めているようなので、素直に楽しみである。
さて、本話であるが、ロレンスと別れ、羊飼いを廃業して仕立て職人を目指して旅立ったノーラのその後なのだが、何気にこの娘も波乱万丈の人生を歩んでいる。まさに現在進行形で波乱万丈の人生に脚を踏み入れたところ、というべきなのかもしれないが。
思うように生きられないのが人生と言うものなのかもしれないが、それでもその場その場で修正を繰り返し、望めるものをわずかなりとも手にしていけるのであれば、それはまた一つの幸せの道行きと言えるのかもしれない。そもそも、ノーラのように信心深く誰かの役に立つことを至上の喜びとするような性格だと、意外とこれは天職となりえるのかもしれない。政治的駆け引きなど出来る性格ではないのも間違いなく、下手をしたら抜け出せない底なし沼に嵌まってしまったのかもしれないけれど。
でも、魔女と呼ばれ人から隔離され人と交われずに生きてきたノーラにも、友人と呼べるような関係の相手ができ、人として人の中に交わることが出来たのだから、その先行きは決して暗澹たるものではないはずだ。なにより、彼女には賢しらながらも頼もしい騎士殿がいるのだから。
なんかの拍子に、将来随分とえらくなっててもまたおかしくはないのである。

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