ぐらシャチ (電撃文庫 な 7-13)

【ぐらシャチ】 中村恵里加/双 電撃文庫

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  bk1

ああああっ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
気色悪い!!
この異様な齟齬感、得体の知れない不気味さ。言葉が通じて意志の疎通が図れるのに、だからこそ余計にジワジワと這いよってくる違和感。
相変わらずというべきか、この作者の人ならざるものの異質さを描き出す力は別格と言っていいでしょう。人間と人外との相容れない価値観の齟齬を描かせたら、今のライトノベル界隈ではこの中村恵里加さんと【珠枝さま】の内山靖二郎がちょっとほかと隔絶してると言っていい。
なまじ最初は人間じゃなくシャチの姿で現れたから、余計に異質感が際立つんですよね。シャチの姿の時には感じなかった不気味さが、人間の姿になったことで一気に浮き上がってくる。
人間の姿をし、人間の言葉を喋り、会話が出来る。それなのに喋れば喋るほど、相手が理解できなくなってくる。それが、人間の皮をかぶっただけのまったく別の生命体だというのが、否応無く理解できてしまう。この気持ち悪さは尋常じゃないです。
相手はとても友好的で勉強家で人間の文化や社会を理解しようと努力している、はっきり言うなればとてもいいやつなのです。それは分かる。彼と対面し、彼にグラボラスという名前をつけることになった少女・榛奈もそれはよく分かってる。でも、頭で分かることと生理的に感じる部分はやっぱり別物なんですよ。この生理的な不安感を引き立てる、生理的な嫌悪感を際立たせる描写が、もう神がかってる。ダブルブリッドの頃から、この手の演出が凄いんですよね、この作者は。
何故人間は、自分とは違う異質なものを排斥しようとしてしまうのか。これを読んでいると、もうそれは本能から湧き上がるものなんだと、嫌々ながら納得せざるを得ない。
人と人外の間に横たわる絶対的な価値観の断絶。相互理解が絶対に果たせない領域。そう、それは人間が人間であり、人外が人間でない限り絶対に相容れない部分というのがあるんですよね。
問題は、それを踏まえてなお、歩み寄り友好を結び親愛を交わすことができるのか。
前作ダブルブリッドでは、最終巻間際までその断絶は埋められることなく決定的な破滅へと至っていくのですが、9巻から最終10巻の間に横たわる5年弱の間に何かあったのか、最期の最後にメインの破滅は避けられなかったにしても、歩み寄るための可能性みたいなものは示されることになったんですよね。虎司や夏樹の存在に示されるように。
この【ぐらシャチ】は、その可能性の部分をより突き詰めた作品のように、読み終えて感じた気がします。
自分の目的とは別の所で人と、初めてまともにコミュニケーションをとることの出来た人間・榛奈ともっと話したいと思うようになったグラと、その天然ボケでちょっとズレたところのある少女・榛奈との交流は、グラが自分の知る親友でないと知らないまま友好を深めていくことになる平八とグラとの関係を含めて、価値観の断絶はディスコミュニケーションと直結するわけではなく、相互理解が届かない異種族間でも分かり合えないまま分かり合える事は不可能ではないのだと……ええっと、友達になれるよ、というと齟齬があるか。なれるよじゃなくて、いられるよ、というべきか。そう、ずっと友達のままでいられるよ、というのが描かれてたんじゃないかな。
さりげなく、その異種族間の繋がりというのはグラ関係のみならず、言葉の通じない犬である飼い犬のシノと榛奈やその家族との関係の中にも描かれていたような気がします。対比という感じではなかったけれど。
あのシノの描き方も今思うと、なんか凄いよなあ。

辛かったのは黒田くんの一件か。グラの告白には最初、こちらも青ざめたけど、グラの言うとおりなら黒田くんにはいったい何があったのか。何気に元の黒田くんのキャラクターもなかなか愉快そうだっただけに、残念といえば残念である。
彼に限らず、惚けた榛奈や平八、妙にこまっしゃくれた物言いをする榛奈の弟といい、それぞれがすごす日常のワンシーンは服の裾を引っ張られてついつい見つめてしまうような妙があって、面白かったなあ。キャラが立っているといえばそれまでなんだけど、そういうキャラの濃さとはまたちょっと違う感じなんですよね。心理描写や日常描写の妙というべきかなんと言うべきか。
この辺はかなり明後日の方向にかっとんでしまった【ソウルアンダーテイカー】と比べて、非常になじみやすい感じになってます。あれはぶっ壊れてたからなあ。

この巻でうまいこと終わっているので続きが出るのかは定かではないのですが、これで終わってもいいと思うし続きが出たら読んでみたいと思うし、なかなか複雑だ。なんにせよ、電撃の古豪・中村恵里加今なお健在! というのが良くわかって、良かった良かった。是非にこれからはどんどん本を出して欲しいなあ。