彼女は戦争妖精 小詩篇1 (ファミ通文庫)

【彼女は戦争妖精 小詩篇 1】 嬉野秋彦/フルーツパンチ ファミ通文庫

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本シリーズ初の短編集。ああ、ファミ通文庫の公式サイトで連載していたルテティエの話は今回は収録されずか。あれはルテティエという娘を形作っているものの本質が良く分かるし、話自体も叙情的で雰囲気があって好きだったんですが。まあ、次回には掲載されるみたいだから、楽しみに待っておこう。

しかし、こうして常葉先輩がメインの短編を読むと、このシリーズのメインヒロインはどうにも彼女以外にないように見えてくる不思議。
一応伊織の相棒となるクリスは、精神的にも肉体的にも完全に幼女で伊織にとっては大事な家族とは成り得ても、それ以上はどう考えても無理だし、当初ヒロインかと思われた牧島さつきは、本人は御執心だけど伊織はまったく相手にしていないし、ルテティアとは色恋以前に性格の不一致が酷すぎて本気で仲が悪いし、とまともに付き合える相手がいないんですよね(笑
その点、常葉先輩は気難しいはずの伊織の性格となんか相性がいいんですよね。どこか斜に構えた伊織の態度の真意をさらっと見抜いて、それを嫌味に感じさせない風に指摘し、同時に許容する。それは冷静かつ知的な論理性に基づいた態度でありながら涼やかな包容力と相手を尊重する距離感を備えていて、伊織に不快感を感じさせない。
あの伊織に、怪我と疲労で満足に動けない状態とはいえ、自宅の家事や動けない自分やクリスたちの食事の世話を任せる事を受け入れさせる、というのは結構とんでもないことのように思えるんですよね。伊織って、絶対パーソナルスペース他人より広いし、踏み込ませまいとしそうな所あるし。
尤も、伊織当人も常葉の世話になり繋がりが深く濃くなっていくことに、元々他人との付き合いを倦厭する性質のせいか、戸惑いや不安を覚えているみたいだけれど、この時常盤当人をどう思っているかの自問自答がなかなか意味深なんですよね。
前から敬意と信頼を寄せている相手ではあるんですけど、ちょっと頭の上がらない所といい、着実に伊織の中で大きな存在になっていってる気がするなあ。それを、まだ伊織はしがらみと捉えたがっているようにも見えるけど。
対する常葉先輩も、既に伊織に対してかなり大きめの好感は抱いているんですよね。ただ、つい最近、酷い、というよりも惨い形での失恋をしているだけに、早々に新しい恋にかまけるつもりが更々無いという心持ちでいるので、伊織をそういう対象として見る事はしていないのですけれど。とはいえ、お手伝いさんの静子さんが考えるように、少女が少年に見栄を張りたがるというのには色々と意味があるもの。特に、常葉のように虚栄心とは縁の無いサッパリとした女性にとっては。
二人とも今のところ、お互いを異性として意識することに必要性を認めておらず、信頼して共闘できるウォーライク同士であり敬意と好感を抱きあう先輩後輩、というスマートな関係にとどまっているけれど、既にもう飛び越える壁の高さは軽々とまたげる程度にまで下がっているようにも見える。
まー、この二人の場合、まかり間違ってお付き合いを始めても、ラブラブカップルなどという類のそれとはかけ離れたものになりそうだけれど。ライトノベルの主人公とヒロインで、双方がこれほど大人びて落ち着いた関係と言うのも珍しいくらいだし。

と、常葉先輩のヒロインとしての立脚について触れてきたのだけれど、実のところ彼女がこのままメインヒロインとしてそのまま伊織の隣に立ち続けるかと言うと、一抹の不安があるんですよね。
この女性は、親しい相手のために命を投げ出すことも厭わないような真摯さ、誠実さを持つと同時に、自身の執着を優先して他を切り捨てる決断を下しかねない、女としての怖さを備え持ってる気がするんですよね。自分の選択がどれほど愚かで虚しいモノかを理解していながら、あとで悔やみ苦しむことを承知していながら、敢えて堕落してしまうような。
でもそんな危うさこそが、この大路常葉という女性にただの涼しげでカッコイイ和風美人というだけではなく、ある種の壮絶な色香を感じさせる要因となってるようにも見えるのです。
実際、ミステリアスな色気のある薬子先生に、常葉先輩って女としての雰囲気じゃ全然負けてないもんなあ。


女の情念と言えば、健二とマハライドを主人公とした短編も、全般色濃くそんなのが漂ってるわけで。健二の母親との陰惨な過去といい、そのトラウマを引きずったまま続けていた多種多様な女性関係。そんな相手の一人に向けられるほの暗くも無責任で我儘な女の情念との対決。最近、というわけでもないんだろうけど、嬉野さん、こういうドロっとした感情をねちっこく、でも語り口としてはさらっと書く事が多くなってきたなあ。大好物なんですけどね、私そういうの。
そんな中で、屈託の無い健二とマーちゃんのやり取りが微笑ましい。このウォーライク同士の終わりの見えない闘争にまつわる真相に近い部分に関わってくる陰謀に、図らずも関わることになってしまった二人だけど、速攻で退場することが予定されていたところを思わぬ流れで生き残り準レギュラー化してしまったという存在感の強さを生かして、このまま頑張って欲しいなあ。

そういえば、表紙絵は初めて伊織とクリスのコンビではなく、この健二とまーちゃんの二人組。願わくば、次は常葉とリリアーヌを見たいところではあるけれど、カラー口絵の方で充分堪能させてもらってるともいえるので、我儘は言うまい。
作者もあとがきで書いてるけど、口絵のよだれたらしているリリアーヌが素敵過ぎますw あー、和装の常葉もやっぱり美人だなあ。どうしてこの人が学校で王子などというあだ名がついているのかわからんわからん。

そして相変わらず、食い物の描写が上手すぎる。というか、美味しそうすぎる。ベン・トーほどじゃないけど、この本も読んでたらお腹がすいてくるんですよねー。いつもは伊織が色々と作ってるのですが、今回は常葉先輩が作っている描写も多く、それ以外にもアイスとかハンバーガーなどのジャンクなども、食いっぷりの素晴らしさ故か、食卓の描写ゆえか、とっても美味しそう。