パラケルススの娘 9 メフィストフェレスは踊る (MF文庫J)

【パラケルススの娘 9.メフィストフェレスは踊る】 五代ゆう/岸田メル MF文庫J

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冒頭の夢の中での多華が吐露した本音には泣かされたなあ。現実世界では立場もあって決して明かさなかった孫への愛情、今はもう失ってしまったものへの痛切な思い。それを夢の中でしか口にできないつらさ。かつて自分が切り捨てた者に縋る気持ち。彼女にとって睦月は本当に大事な人だったんだなあ。それを自らの手で討ち果たさねばならなかったことが、どれほど彼女を傷つけ続けたのか。その傷の痛みにずっと耐えながら当主の座を守り続けなければならなかった苦しさが如何ばかりだったのか。今まで頑なに表に出すことをしなくて、彼女が本当は何を思っているのか、その一番奥深くの大事な部分が見えていなかっただけに、それだけに彼女が見せた本当の気持ち、その切実さにはやられたなあ。
そんな誰にも明かさなかった彼女の気持ちを一番分かっていたのは、やっぱり睦月以外の誰でもなかったわけか。夢の中でとはいえ、彼女がずっと溜め込んできたものを吐き出させた彼は、たとえ死していても、二度と会うことが叶わぬ身でも、今でも忠実な彼女の従者のままなのでしょう。

その彼が、何故かあのリース警部とセットになって、この事態に当たることになるとは意外も意外な展開になったなあ。彼が自身で言っていたように、彼の存在はこの危機に際しては遊軍であり、それは本来夜の側とは関わりのない一般人でありながら、クリスティーナへの執念と刑事の勘によって踏み込んではいけない部分にまで入り込んでしまったリース警部の立場と重なることになったからなのだろうけれど。あの傲岸不遜で人の話を聞かないことこの上ない警部が、度重なる不可解な事象に参っていたとはいえ、睦月の言に従って一緒に動くことになるとは。いやはや、現実とは時に奇妙極まりないことになるものである。何気に、今回一番危ない橋を渡っていたのは、調べ者に徹していた女性陣やバ(略)ではなく、彼らでしたしね。

クリスティーナの裏切りにもめげず、彼女(彼?)を信じて自分たちのできることを全力でやり続ける少女たち、そして囚われの身になりながらもめげることも心折れることもなく、シモンに立ち向かい続ける遼太郎。みんな、当初に比べて本当に心が強くなった。心折れ、鬱屈し、未来への希望も失い、失意とともに訪れたロンドンで、少年は信じるべきものと信じるにたる自分のありようを見つけ、いつの間にかこんなにも強くなっていたんだなあ。そんな彼を支えたのが、彼を絶望に浸る間も与えずに振り回し続けたクリスティーナであり、そのクリスティーナもまた、この東洋からただ一人の友人が送り込んできた少年によって、千年の停滞からはずれ変化を迎えていたのだと、彼女の傍らにあり続けたレギーナは語るのだけれど、本人は認めたがらないだろうなあ(苦笑
この人はやっぱり捻くれものだし意地っ張りだし、変に意固地だし。
だからこそ、真っ当な説得ではなく、今シモンが引き起こしつつある壮大な霊的実験など一顧だにしないような、遼太郎のあの身も蓋も無い、普段の不精や奇矯な振る舞いを嗜めクドクドとお説教するのと何も変わらない、普段の日常でのそれそのままの、だけれど誰よりも真摯にクリスティーナの身を案じ、クリスティーナの在り様を尊重し、訴えかける説教は、素晴らしく心に響いたわけで。
あんなふうに言われたら、どんなに頑なになっていても、千年の重みから逃れようと無我夢中になっていようと、普段のあの太平楽な日常に引き戻されて、やれやれ仕方ないなあと文句をぶうぶう垂れながら、嫌味と皮肉でチクチクと攻撃しながらも、言われたとおりに腰をあげるしかないじゃないですか。
そのとおりにクリスティーナが思い立ったのか、あのラストでのまたぞろここでとめるんかい! という衝撃的展開の具体的な真実は、それこそ最終巻であるところの次の巻になってみないと分からないわけですけど。
でも、それにしても、遼太郎のあのお説教はよかったなあ。もう、あんまりにも身も蓋もなさすぎてw シモンが珍しく頭に来てるのも、まあ仕方ないでしょう。自分が崇高と信じている行動原理を、あんなふうに言われちゃあねえ。いや、ぶっちゃけ、遼太郎の言うとおりというのが、やっぱり身も蓋もないわけですけど。
前回のシャルロットへの慈しみに満ちた言葉といい、遼太郎の口から紡がれる言霊の美しさと力強さは、ほんと凄いよなあ。

今回の注目は、やっぱりバ(略)の人の覚醒でしょう。幼稚なお遊びにかまけ、現実を直視せず自分の殻に閉じこもったままだった彼も、その情けないあり方から目をそむけるのをやめ、ついに自分の限界と無力さを認めたうえで、自分のできることを全力で行いだしたわけですけど、うんうん、よくがんばった。がんばったよ。
そして、自発的にそれに気づき、自分を変えたいと願うまでじっと待ち続け、そっとその先へと導いた母親の伯爵夫人の賢明さは、尊敬に値する。この危機に際しての迅速な対処や、少女たちへの気遣いようといい、頼もしさは半端なかったもんなあ。
こういうしっかりとした大人が傍にいてこそ、子供たちは自分たちの持つ可能性というものをつぶさずに開花させることができるんだろうなあ。

少年少女たちの努力にもかかわらず、ついにシモンが仕掛けた一連の罠は発動のときを向かえ、倫敦は闇に堕ちる。そんな中でついに動いたクリスティーナ。次がこの物語の本当の最後、最終巻になるそうで、またしばらくあきそうな感じではありますけれど、首を長くして大団円の時間を待ちたいと思います。