プリンセスハーツ 誰も代わりにはなれないの巻 (小学館ルルル文庫 た 1-7)

【プリンセスハーツ 誰も代わりにはなれないの巻】 高殿円/明咲トウル ルルル文庫

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これって、もしかしたら何にも事情を知らない他人の方が、ルシードとジルの関係を本質的に把握出来るのかも知れないなあ。いや、それとも分かっていないのは当人たちだけで、周りの人間はみなちゃんと分かっているのかな。少なくともリドリスはちゃんとわかっているみたいだし。
既にお互いをこれ以上無く愛してしまっているにも関わらず、二人の関係の発端である仮面夫婦という軛が、ルシードとジルに相手が自分のことを本当に愛していること、それ以上に自分が相手を愛してしまっている、という事実に霧を吹きかけ、誤解に誤解を重ねる結果となってしまっているのが、なんとももどかしい限り。
二人とも、相手のことを一心不乱に見つめ続け、その人のことばかりを考えているにも関わらず、前提として相手は自分を愛していない仮面の結婚相手だ、という意識があるだけに、肝心なところで相手の考えや想いを誤解して受け取ってしまっているんですよね。こんなにも気持ちが通じているのに、どうしてこんなにもあの人の考えていることがわからないのだろう、とジルが思い悩むシーンがあるのですが、そりゃあ貴女、分からないのも無理ないて。どんなに簡単な方程式だって、入力する元の数字が間違えていたら、そりゃあ正しい答えが出てくるはずもない。
本来それを正してくれる可能性のある、唯一の仲間であり共犯者でもあるマシアスは、今回えらいことになってて、それどころじゃなくなったもんなあ。彼がああいうことになってしまった影響で、ルシードもずいぶんメタメタな精神状態になってしまっているし。
ルシードは元々人間不信、というかこれは自己不信、自分は愛されない人間であるという意識があるのか、唯一心を許せる相手となっているマシアスとジルに対しても、いつか自分から離れていく人間だ、と受け止めていて、本当の意味で相手の心の中まで踏み込むことができていなくて、その御陰でルシードがどれほどマシアスという人間に対して、自分の魂の比重を置いているのかわからなかったのだけれど、これほどヘコむほどだったのかぁ。それこそ、自分ひとりでは立っていられないほどの。
だからこそ、ああやってリドリスへと傾倒していくことになったんだろうが。

今回、マシアスの過去が明らかになったわけですけど、これは想像を絶したなあ。確かに、今のマシアスからはまるで連想できない。ほとんど別人に近いじゃないか。
まさにかつての彼は一度粉々に打ち砕かれ、ほぼ零から再構築されたのが今のマシアスなんだろうか。となると、今のカレを形作ったのは間違いなくルシードであって、彼の独白からも伺えるけど、ルシードの存在はマシアスにとって、丁度【銃姫】のエピソードに当てはめると、彼の中の神、と言うことになるのかもしれない。元々星教会の使徒である彼が、与えられた神ではなく、こうして自分自身の中の神をみつけると言うのも、星教会の祖となった女性の物語を知っていると、因果を感じてまた面白いなあ。

そう、今回はちょうど【銃姫】の最終巻と刊行時期が重なたせいか、関連するエピソードや史実がふんだんに盛り込まれているんですよね。悪神ゼフリートの正体とか、ここではもろに書いてあったもんなあ。彼がやった事を客観的に事実のみ羅列して並べてみたら、そりゃあ悪神としか言い様がない凄まじいことやってるといえばやってるんですけど。
それから、ミゼリコルドの目的が人間になること、というのもまた感慨深い話なんですよね。ただ、それが目的となるとミゼリコルドのやり方というのは盛大に間違っている気もするんですけど。ここでジル相手に契約と称して様々な感情などを代償として奪い去っているミゼリコルドが、後世を舞台にした別のシリーズでは、こういう事をしていないのを考えると、また色々となんかあるんだろうなあ、ミゼリコルドに関しても。

リドリスは、勿論このままじゃ済まないんだろうなあ。どうも、彼の中には通り一辺倒の復讐心や利己心というものがなさそうなのが、余計にたちが悪そうなんだよなあ。彼が敵意を持っていないことは、ルシードの本能やジルの洞察力が断定しているように、間違いないんだろうけれど、時として敵意の無い相手の方が厄介だというケースもあることだし、リドリスの場合、どうも兄であるルシードに対して異常な執着があるみたいだし。ジルが、何となくルシードとリドリスの仲の良さに嫉妬心や危機感をいだいてしまっているのは、決して的外れなんかじゃないんですよね。彼女の女の勘は、ここでは正しく機能していると見てよさそう。問題は、それがどういう形で発露するのか、と言うところだけど……。
やっぱり、ここでマシアスがいないのは痛すぎる。

と、身内のゴタゴタと並行して、国際情勢は複雑怪奇、ルシードもいくつかの政治的決断を要求される事態に陥っている。これ、かなりシビアな情勢だよなあ。わかりやすく現状と選択肢の内実について説明してくれているおかげで、ルシードやジルが抱く切実感が実感を伴って伝わってくる。問題はこの選択肢、外すと彼らの目的からするとかなり致命的な事になりかねないにも関わらず、正解を導きだすための情報が少なすぎる所なんだよなあ。でも、情報を得ようとすると逆にやぶ蛇になりかねないという危険性もあるし。ジルのパペットを使った情報収集力は強力だけれど、ここで必要なのはどこまでも届く長い手、というよりもとても広い範囲まで聞こえる耳の方なわけだし。私的ではなく公的で大規模な情報収集システムが欲しいところだよなあ。まだルシードの力では公国にそれだけの機関を作るには至らないか。味方、まだまだ少なそうだし。
それでも、ジルが得てくる情報は確実に、不鮮明な状況に色を加えてくれるのだから、とても頼みになるのだけれど。


巻末の短編は、短いながらこれは面白かったし、何気に次の舞台の主のお話でもあるから、先々の話を見る上でもかの人の人柄を知る上で、かなり興味深い話でもある。
これって、純愛だよなあ、ひとつの。現実に疲れ愛に疲れたひとりの王を癒すのは、無邪気で気まぐれな猫一匹。それが、ジルのもう一人の姉妹、というのは運命なのか、因果なのか。
どうでもいいけど、キキとジルとヒース。この三姉妹って、ホント、どういう姉妹だったんだ? 三人ともあまりにも個性的すぎて、一緒に居る姿が全然想像できないんだが(苦笑