秋田禎信BOX

【秋田禎信BOX】 秋田禎信

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限定生産とうたってたけれど、アマゾンではまだ在庫があるのか。7350円という書籍としては非常に高額なだけに購入をためらう人も多いと思うが、かつて【魔術士オーフェンはぐれ旅】を嗜んだ人ならば、これは絶対に買って損はないと断言します。

もう、すごいから。

このセットが世に出るきっかけとなった作者が自分のHPで掲載していた「あいつがそいつでこいつがそれで」の改訂版<キエサルヒマの終端>からしてあのオーフェンの物語に決着をつける意味でも凄かったのに、書下ろしの<約束の地で>と<魔王の娘の師匠>なんかもう、内容からして物凄かったとしか言い様がない。
<キエサルヒマの終端>は本編最終巻直後からのお話。短編の方の最後でオーフェンの娘の話なんかが載っていて、しかも舞台がキエサルヒマ大陸とは違う新たな大陸、と来て母親は誰なんだ、とか何がどうなってキエサルヒマから離れることになったんだ、と結構話題と言うか大混乱が起こったものですが、いわゆるオーフェンたちがキエサルヒマを旅立つまでを描いた話となっております。本編では結局最後の方まで身勝手な小娘の括りから逃れることの出来なかったクリーオウが、本編が終わったその後でようやく真のヒロインとして目覚めると言う驚愕のお話でもアリ……。いや、まじでクリーオウ、考え方と言うか心構えが以前とは別人かと言うくらいに変わってるんですよね。ある種の覚悟と、思慮を得ることで非常に大人びた女性の振る舞いになっているこの驚き。まあ、よくよく見ると無茶するのは何にも変わってないわけですけど、その無茶もちゃんとリスクを弁えた上で決然と踏み出した結果の無茶なので、以前とはまるで印象が異なっているわけです。
一連の大事件によって、大陸の情勢は混迷を極め、事態はキムラックの崩壊と、魔術士同盟と貴族連盟の全面戦争というところにまで発展。オーフェンの立場も随分と大変なことに。
ここでオーフェンがこうまで大掛かりな政治的な行動に討ってでるというのは、既にこの時点で将来における彼の立ち位置の片鱗が垣間見えているわけか。魔王となった彼は、もう一介の魔術士という立場を公的にも私的にも許されなくなってるんですよね。そして同時に、哀しいことに彼は自分の選択としてもそれを受け入れ、選んだわけだ。
そこで手を組んだ相手があの人達だったというのは、かなり意外でしたけど。ここで短編のメンバーが出てくるとは。しかも、結婚してるとは!! 結局直接は登場しなかったけど、いったい何を血迷ってあんなのと結婚したんだ、その人はw 話によると真面目な普通人みたいだし、本当にかわいそうにかわいそうに。

まー、結婚でびっくらこいたといえば、残り二組のカップルも相当驚かされたところだけれど。特に、ティッシは連載中に読んだ時には仰天したもんですわ。前々からそういう関係だったっていうけれど、読んでいる限りでは全然気がつかなかったですよ。

そして、最後まで理解が及びそうでその内面を解析しきれなかったコルゴン。最初から完成された人間であったが故の自信と行き詰まりを体現したようなキャラクターで、よくよく考えてみるととてもシンプルでわかりやすい在り方の男だったのかもしれないけど、本編だけだったらやっぱりよくわからなかったなあ。この男こそ、後日談があったからこそその人物がようやく理解できた人間と言えるんじゃないだろうか。クリーオウとの邂逅と、オーフェンとの決着。完璧にして完成された最強の暗殺者にして魔術士だった男の初めての挫折と混迷。理解できないものへ、クリーオウとの邂逅を通じてはじめて真正面から向き合い、それでもなお振り払おうとして相手と選んだのは、自らを打ち砕いた弟弟子。
その後の彼にどういう遍歴があって、20年後のああいう生き方にたどり着いたのかには、非常に興味をそそられるところではあるんだけれど、それが語られることはなさそうだなあ。ただ、まあ無為な人生を送っているわけではなさそうなのは良かった。

そして、メインディッシュこそこの<約束の地で>。
本編から二十年後ですぜ! 二十年後!
人に歴史あり、とは言うけれど、その歴史をリアルタイムで読み続けてきた身とするならば、あの生々しい日々が新世代の若者たちによって歴史として語られるというのは、かなり奇妙な気分だ。その当事者たちはみんな大人としてそれぞれに立場を変えながらも、そこにいるわけですしねえ。
オーフェンには娘がいることは、既にその娘が主人公の短編が描かれていることで明らかになっていたけれど、あのラッツベインだけでなく、彼女を長女として他にエッジとラチェットという全部で三人も娘がいたという事実が発覚。というか、全員名前ひどいよな、おい! ラッツベインが一番ひどいのは間違いないけど(殺鼠剤だぜ)、次女のエッジも、三女のラチェット(工具だぜ、ラチェットっつったら)といい、オーフェンのネーミングセンスの酷さは尋常ではない。自分の名前に孤児(オーフェン)と名付けたのは、ある種の自重と皮肉かと思っていたけれど、もしかしたら彼独特のズレたセンスも要因の一部なのかもしれない。
奥さんは何にも言わなかったんだろうか。あんまりこだわり無さそうだしなあ、彼女も。

エッジに関しては、プルートー師がキリランシェロに似ていると言ってるけど、この我の強さと言うか強引さについては母親の性質もよく出てる気がするなあ。むしろ、ラッツベインの方がキリランシェロっぽい所が垣間見える気がするようにも思える。ラチェットについてはあんまりキャラ描写がなかったからよくわかんないけど、どうやら周囲からは普通の子扱いされてるみたいなのが逆に怖いw 魔術士としての成績はあんまりよくないみたいだけど、本人にあんまりやる気がないからっぽい所もあるし、なによりレキと一番仲がイイっつーのがなあ。

子供世代というとベイジットが図抜けてひどいんだよなあ。これは、子育て失敗してるんじゃないだろうか。両親の悪いところ、というよりも悪質なところ? が合わさっちゃってるみたいなところがあるし。
一方でマヨールは、容姿は母親そっくりと繰り返し言われてるけど、中身についてはかなり父親そのまんまだよね、これ。まあ、あの人はなかなか内面を見せてくれなくてどういう人物か判断しにくいところがあったけど、つまるところこのマヨールみたいな人だったんじゃないかと。勿論、この子よりもイイ意味でも悪い意味でも抑制された人格っぽいけど。
ただ、二十年後のお父さんしている彼は、若い頃の印象よりもかなり柔らかい感じなので、抑制されていたというよりもかたくなだったのかもしれないなあ。若さゆえの固さというべきか。歳を経ることで自分のイメージと実情にズレが少なくなり、プライドの高さに肩肘を張り続ける必要もなくなって、柔らかくなったというべきか。

まあ、変わったと言えばやっぱりオーフェンが一番変わってるよなあ。この変わり方はかなり予想外だった。あれほどコミュニケーション能力に難ありだった男が、これほど世慣れるとは。否応なくとはいえ、チャイルドマンよりも余程うまくやってるんじゃないだろうか、これは。
けっこう家庭に馴染んでいるのもちょっとした驚きかも。
原大陸での開拓事業は相当ひどいものだったようだけれど、奥さんとの仲はどんなふうに進展していったんだか。奥さんも相当暴れたっぽいけどなあ。魔王のボディーガードってどんな異名だよ。武勇伝もまた、すごいことになってるし。
あと、二人がお見合いで出会ったと言う情報は確かに間違ってないけど、大間違いだ! 相手がそもそも違うし、実は本当は結婚詐欺でした、とか子供たちには教えられないわなあ(苦笑
そういえば、今はオーフェン、フィンランディ姓を名乗っているけど、これって聞き覚えがあると思ったら、キリランシェロの本姓だったんでしたね。いつ、どのタイミングからまたこの姓を名乗るようになったのかは興味深いところ。やっぱり、結婚する際なのかなあ。

第四部というだけあって、世界観の変動もえらいことになっている。少なくとも、以前のオーフェンの世界の感覚とはかなり激変してるんじゃないだろうか。
だいぶ落ち着いたとはいえ、ラッツベイン主役の短編を読んだ時に感じた平和な時代とはかなりイメージが違う、現在進行形で過酷な闘争がつづいている状態みたいだし、へたをすると原大陸のみならずキエサルヒマ大陸(島)にまで拡大しかねないという危惧すらあるというのが、この短編での重要なキーワードになっているわけで。
魔術の概念もかなりえらいことになってるしなあ。
最後の短編での話だけど、擬似空間転移でマジクが壁抜けしてみせたときはひっくり返ったし。音声魔術も、音響相殺魔術で消音を実現してるみたいだし。

そう、マジクといえば、この子もまた、なんというか、なるべくしてこんな大人になっちゃったというか。昼行灯と言うよりも枯れた大人になっちゃったなあ(苦笑 もうちょっと歪んで育つかとも思ったんだけれど。
でもこれじゃあ女の人にはモテないなあ。しばらく新婚のオーフェン夫妻のところに居候して、奥さんにもだいぶ面倒見てもらったみたいだし、なんか間近で見せられて、色々と達観しちゃったんだろうなあ。マジクって、奥さんに気があったっぽいし。
なんだかんだと暢気な師匠に弟子が構い続けてそのまま隣にくっつきそうな気配もあるけれど。

そのマジクさん。結局本編では瞳の色やその不安定な天才性で、思わせぶりにドラゴン種族じゃないのか、秘められた力があるんじゃないかと期待させながら、最後まで本人の努力によるわりと落ち着いた成長に基づく、活躍に終始してしまい、秘められたうんたらについては何もなく終わっちゃったんですよね。
ところが、やっぱりあったんだ、秘密!!
未収録短編での、チャイルドマン教室大集合編でのブラッディ・バース・リンとの大活劇から、一応彼の天才性の根拠となるような情報が、よりにもよってチャイルドマンから明かされることに。
っていうか、マジクの母ちゃん、本気で化けものだったんだな。短編の世界観仕様のアレかと思ってたんだが。

エンジェルハウリングの方も、コチラも後日談ですが、こっちは本編終了後から間もなくで、それぞれ生き様や立場が激変した、というわけでもないので、むしろコチラの方が物語の終わりの余韻を名残惜しむ意味では正しい後日談かもしれませんね。
サリオンの幸の薄さはきっと一生変わらんのだな(苦笑
特に目に見えて不幸ってわけじゃなのだけれど、この青年が幸せそうにしている情景がまるで浮かばない、ひたすらに気の毒そう、というのはどういうキャラクターなんだろう、ホントに。

まー、<約束の地で>を読むためだけでも、このボックス買う価値はあるんじゃないでしょうか。オーフェン好きだった世代には、垂涎モノです、間違いなく。
逆に言うと、これが本当に最後なんだろうなあ、としみじみと思う。作者はまだまだ小説家として世に作品を送り出してくるでしょうけど、オーフェンみたいなノリと枠組みの作品はきっともう書くこともないでしょうし。
自分の中に区切りを付ける意味でも、この書籍が出てくれたのは本当にありがたかったと思う。

ご馳走様でした。