“文学少女”見習いの、傷心。 (ファミ通文庫)

【“文学少女”見習いの、傷心。】 野村美月/竹岡美穂 ファミ通文庫

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 bk1

よし、心葉はいっぺん死なそう。
前巻にて「ぼくは君が嫌いだ」と冷厳に告げた心葉。それはそれとして仕方の無い感情だとは思うのだけれど、その後の心葉の菜乃への仕打ちには、ちょっとマジで殺意が湧いてしまった。
なんでこの小僧はよりにもよってそういうわざわざ人の心をズタズタに切り裂くようなやり方をするんだ、人を遠ざける、排除するにしてもやり方ってもんがあるだろうに、彼にやり口というものは控えめに言っても人でなし、ろくでなしの類である。それをやるなら、最初からそうすれば良かったのだ。仮にも打ち解けてしまい、心の内側の幾許かを見せてしまった相手に、その態度は残酷にも程がある。嫌うというのは積極的な感情であり、対人関係においてより深い断絶を導くのは無視であるとよくいうけれど、考えてみると単に無視するというのも相手のアプローチが強力なものだった場合は積極的な意思表示になる行為と言える。
だとすれば、心葉が菜乃に示した態度は無視よりも断固とした拒絶であり、相手の人間性を蔑ろにし、自分に取って相手の存在が全く相手にする価値がない人間であるのだと知らしめる徹底的な断絶である。
これ、相手がタフネス菜乃だから良かったものの、このシリーズの多数派に所属するであろう繊細で精神的に脆く妙に叙情的で儚い思春期の少年少女たちだったら、すっぱり絶望して自死しかねない仕打ちですよ?

これには菜乃も相当傷つきめげたはずなんだけど、折れないなあこの子は。
この子の心には、どうやら陰ることの無い太陽が燦々と輝き続けているらしい。
だけれど、心に深い闇を持ち、暗闇に惑いと安堵をいだいている者たちにとっては、その光はいささか眩しすぎるらしい。
光は、暗闇に身を潜める儚い者たちの姿を、なぜ彼らが闇に親しむのか、闇に心を委ねているのかの理由も、事情も、何も考慮せず、配慮もせず、事情があるなどと想像すらもせず、それどころかそんな闇があることすら認知せず、その強い光によって暴きだそうとする。
その無神経さ、暴虐と理不尽に振り回され、あげつらわれ、痛めつけられて、彼ら彼女らはその善良な光の主に、苛立ち、怒り、憎悪を抱き、そして同時に闇と言う名の、人間が持つ本質、真実、醜悪さ、絶望の姿を知らない無知で愚かな善人に、仄暗い嘲りと優越感を抱くのだ。
何も知らないくせに。お前には理解できないのだ。この傷の痛みなど、想像もできないだろう、と。
見下し、侮蔑し、せせら笑う。

そうして無知で愚かで善良で、眩しい光を遠ざけようとしながら、一方で憧れ、羨望し、惹かれるのだ。

傷ついた自分を憐れみ、慈しみ、愛でるのは、甘い痛みに身を委ねるということで、それはきっと苦しくも心地よいものなのだろう。だけれど、その痛みは自分ばかりではなく他人をも傷つけ、苦しみを広げていくばかりなのだ。
それでも、どうしたらいいのか分からず心の中の暗闇に浸るか弱き者たちにとって、菜乃の存在は理不尽であり暴虐であるのだとしても、それ以上にやはり差し込む光であり、道を指し示す光なのだ。
太陽の光は、逃げこむべき闇を吹き払い、迷い子たちを隠れる場所の無い荒野へと放り出す。だが、心葉も、ななせも、もう闇に逃げ込み震えているだけの子たちではない。あの頃の彼らには、きっと菜乃の光は凶器にも等しかっただろうけれど、今の彼らは一度は一人で立ち、逃げるのではなく歩いて行こうと決意した子たちなのだ。菜乃の存在は、確かに彼らを前に進ませる力になっている、それが嬉しくも誇らしい。

一方で光そのものである菜乃もまた、自分の視界に映る世界以外にも、光が届かない場所があるのだということを、目のあたりにすることになる。人の心に闇があり、怪物は厳然と存在することを、それまで想像もしなかった奈乃は、急迫として突きつけられ、大いに衝撃を受けることになる。きっと、このとき太陽は一度確かに陰りかけたのかもしれない。人々の心にはびこる暗闇は、光を蝕み始めていたのかもしれない。
でも、その時に彼女に手を差し伸べ、彼女が光たらんとするのを支えたのが、心葉だったのは彼がもう遠子に手を引っ張られるだけの子じゃないのだというのがわかり、安堵と頼もしさを覚えたのでした。
大丈夫、この子は自分じゃない誰かを守ることの出来る子に、ちゃんと一歩一歩成れているよ。

それはななせもおんなじで、傷つき痛みに悶え苦しみながら、彼女のなかにはちゃんと勇気が芽生えている。この子だけは、菜乃の光に怯みはしても、その光にアテられている風はないんですよね。だから、妬みも見下しもしない。ただただ震えながら、それでもがむしゃらで、菜乃を気にしてないわけじゃないんだけれど、その存在感、在り方――光に気を取られることもなく、それよりも心葉の事に一生懸命で。それがななせらしくて、なんとももどかしくも愛しい。
他の連中はいいから、この娘だけは幸せになって欲しい。
ちょっとしたサプライズから、どうやら彼女の未来にはちゃんとその道筋が出来つつあるらしいことが伺えて、物凄くホッとさせられた。


“文学”に同期し若者たちの純粋で夢見がちな心を鏡とすることで、人の悪意も醜い愛憎も、何もかもが儚くも美しい結晶のように映り込むこの作品。その美しさに魅せられながらも、それらを美しいと思うこと自体に、怖気を感じることが侭ある。
そんな中で、菜乃の存在はそんな怖気と不安感をぬぐい去るナニカがあったのだけれど、残り一冊。文学少女見習いは、純粋で夢見がちな少女のまま、最後まで幻燈機に映る世界に飲み込まれない光として踏破できるのか。強く前向きな女の子のまま、バタバタと駆け抜けて欲しいなあ。