天川天音の否定公式〈3〉 (MF文庫J)

【天川天音の否定公式 3】 葉村哲/ほんたにかなえ MF文庫J

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この、物語全体にしんしんと降り積もる一種異様な儚さ、明るく賑やかにわいわいとラブコメをやっているはずなのにどこか仄かに香る物悲しさ。
この他の異能モノやラブコメハーレムものに類を見ない、あまりに独特であまりに異端な雰囲気は、同時にどこか既視感があって、いったいなんだったかなあとずっと頭を悩ましていたのですが、ようやくわかった。
これ、一種の終末モノなんだ。
遠くない未来、自分たちが滅び去ることを半ば承知しながら、それでもその時、その瞬間が来るまで絶望する事を選ばず、懸命に今の幸福を享受して生きる若者たち。その輝きは眩くも儚く、美しくも幻のようにふつりと消えてしまいそうで。
彼らはきっと、破滅するのだろう。
雪道は瑛子たちを守ると決めながらそれが叶わぬのだと識っている。
瑛子は未来を知らずとも忍び寄る運命を察し、その果てが滅びであると薄々気づきながら、最期まで雪道と離れないと決めている。
天音もまた、雪道に迫る絶対的破滅の足音を聞きながら、巻き添えを食う前に逃げろと言う協力者に別離を告げ、彼と滅びることを選択した。
シロコは最初から何もかも承知の上でカレの前に現れた。

みんな、最期まで運命に抗い戦い抜くつもりであり、同時にその果ての滅びが避けられないものだとどこかで受け入れ、その上で今この瞬間を、かけがえのない日常を、騒がず慌てず穏やかに過ごしているのだ。
それはまるで、滅びゆく世界で終末を前に、それでも懸命に穏やかに日々を生き抜こうとする人々の物語そのままのように感じたのだ。
それは雪道が、この巻の最後、この結末をとても悲しみながらも、悔悟や理不尽に憤る事もなく、ただ粛々と受け入れ、瑛子たちに努めて普段と変わらぬ表情を見せたこと。瑛子たちもまた、穏やかにそれを受け入れたことに、象徴されているのではないだろうか。

何度読んでも、彼と彼女らのこの透明な覚悟には、背筋が震える。表向きの賑やかなラブコメパートが楽しいだけに、その明るさに余計に胸打たれる。
その明るさが、決して無理をして作り出しているものではない、極々自然に湧き出しているものだという事実が、彼女らの健気さを示しているようで、息を飲む。
天音が協力者だった人から<領域>の動向を知らされた時の一瞬の躊躇いもない、穏やかな決断とその後の別れのやり取りなんか、ちょっとした衝撃ですらあったものなあ。その後、みんなの前での天音が、それまでと何も変わらなかったという事も。
どこかお遊戯のような日常の時間が、彼女らにとってどれほど大切でかけがえのないものなのか、思い知らされたようで。
あれほどの痛切で鮮烈な想いを抱えながら、瑛子も天音もシロコも、決してそれをぶちまけず、無様に晒さず、ぬるま湯のような空気の中で戯れじゃれ合い続ける。
来るべき時が来たならば、自身の何もかもを投げ捨てる覚悟を秘めながら、今はただ戯れ続ける彼と彼女らが、無性に切なく愛しい。
もし叶うならば、彼らの幸せな時間が長く長く続くように、祈りたい。その祈りはもう何度も何度も物語の中で否定され続けているのだけれど。

そして、他の彼女たちのように一途に雪道に想いを寄せながら、その運命に押し流されていったコッペリア。人形である彼女こそが、幸せな時間が終わることを否定し、そして失敗したと言うのはここでは何を意味するんだろう。
彼女は、結局雪道を中心とした小さな世界に、入りきれなかったと言うことではあるんだろうけれど。今回の一件で確信したのは、この物語においてもはやヒロインは増えないという事ですね。あくまでヒロインは天音と瑛子の二人であり、特別枠はシロコのみということか。
こうなってくると、あの最初の四式も、この四人にかかってくるのだろうか。雪道の原初式に加えて、天音は終焉式を得ているわけで、あとの二式も瑛子とシロコに対応すると想像し得る。
時間迷宮で出てきたもう一人の天音の意味深な発言も、待ち人ゴドーの言葉にかかる部分があるし、想像の余地はまだまだあるなあ。