空色パンデミック1 (ファミ通文庫)

【空色パンデミック 1】 本田誠/庭 ファミ通文庫

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その空想は、セカイに感染する。

「見つけたわよ、ジャスティスの仇!!」「……はい?」高校受験の朝、駅のホームで僕はその少女と出逢った。彼女──結衣さんは"空想病"。発作を起こすと正義の使者とかになりきってしまうらしい。以後なぜか結衣さんは何かにつけ僕の前に現れる。空騒ぎに付き合ってられない。最初はそう思っていた。彼女を守るため世界を敵にまわして戦うことになるなんて、思いもしなかった──。えんため大賞優秀賞受賞、狂騒と純真の「ボーイ、ミーツ、空想少女」。


……え? あ、あれ? お、おおお! ちょっと待って。これ……もしかしてマジに、傑作じゃないんですか?
はぁーーーーー……うわぁ。いや、これ凄いわ。
ちょとどうしたの、ファミ通文庫。今回の新人賞、【B.A.D.】といい【ココロコネクト】といい、ど偉いのが来たと思ったら、挙句にこれですか。お世辞抜きで、やたらレベル高いんですけど。
はぁーーー、驚いた。

この<空想病>。邪気眼に犯されたイタイ人の代名詞、というものではなく、本当の意味で病気なのです。罹患者は発作によって、自分が空想した設定に成り切って行動してしまう、というもの。あくまで病気であって、趣味や嗜好の産物ではないので、発作が治まれば正気に帰って非常に恥ずかしく居た堪れない気持ちに襲われてしまうわけで、これがかなり辛い。それだけでなく、発作中は完全に自分の想像した設定、世界観に基づく登場人物に成り切っているので、社会的規範やルールはガン無視。勿論、世間的には大変迷惑極まりない事態になるわけです。
とはいえ、空想病患者は国家機関によって管理保護されていて、発作を起こしても迅速に沈静化出来るような体制が整えられ、世間的にも周知徹底されているので、それほどメチャクチャな事にはならないのですが、問題は空想病患者にも病気の進行度というものがあり、重度の患者となるとそれまでの自己完結型――罹患者当人だけが発症するものに収まらず、劇場型と呼ばれるレベルの患者となると、発作を起こした際には周囲の人間にまでその空想の影響が感染し、世界観に飲み込まれ、登場人物に成り切ってしまうという状態になってしまうわけです。
さらに、空想病にはさらに上の段階があり、一度はそれで冗談じゃなくキューバ危機以来の世界の危機<第三次世界大戦前夜>と呼ばれる状態に陥った事があると言う、決してイタイイタイと苦笑いで住むようなふざけた軽々しい病気ではないわけで。
お陰で空想病罹患者への管理は非常に徹底したものになっているのです。幸いにして、人権を無視した酷いものではなく、管理者たちも決して冷徹な監視者というわけじゃなく、むしろ親切で仕事であるという以上に親身になって接してくれる優しい人達なのですけれど、それでもやはり生きていく上での不自由は否めないわけです。
そんな籠の鳥の生活の中で、空想病に犯された少女が初めて他人を介さず、出会い知り合った少年。
まさに「ボーイ・ミーツ・空想少女」。
繰り返しますけど、これは邪気眼の人たちの話ではなく、病気によって不自由な生き方を強いられる人たちと、そんな人達と交流することで病の本当の姿と、患者たちを取り巻く状況を深く知ると同時に、その不自由や理不尽によって様々な苦難を帯びながらも、毅然と真っ向から立ち向かう少女や、空想病に関わる人達に惹かれて行く少年を描いた、真っ当すぎるくらい真っ当な青春物語なのです。
過去にはこの空想病によって引き起こされた悲劇があり、今なおその傷跡が消えずに、生き方が歪んだ人も居て、本当にギャグや冗談じゃ済まないシビアな話なんですよね。
唐突奇襲自由気ままな振る舞いで、主人公の仲西景を振り回す穂高結衣にしても、女装する美少年青井晴にしても、最初はけったいで面倒な人間だと思ったものだけれど、彼女たちの今に到るまでの人生や、それを踏まえた上での現在の一生懸命で前向きな生き方は、もう眩しいくらいでした。根っから明るい結衣にしても、あの演劇で垣間見せた影は鮮烈な陰影でしたし、青井晴に至っては、衝撃的ですらありました。
こいつの複雑怪奇で入り組みまくった、それでいて真っ直で高潔な生き様は、ホント、圧倒されたよなあ。だからこそ、こいつが垣間見せた弱い顔はさらに青井というキャラクターの魅力をいや増していたように思う。よくもまあ、こんなキャラクターを導き出したもんだわ。
そして圧巻のクライマックス。まさに、津波に呑み込まれたかのようなどうしようもない巨大なものに翻弄されるような感覚に、有無を言わさず押し流されて行く圧倒感。
さすがに、あの客観が突然主観に摩り替わったような感覚のお陰で、だいたい何が起こっているのかは察することが出きましたけど、逆に言うとそう感じること自体が凄いんだよなあ。
ちゃんと、その微妙にして繊細な差異を、意図的に明瞭に描き分けてるってことなんですし。
それまで傍観者だったのが、思いっきりホンモノを体感させられてしまったみたいで、かなりアップアップさせられた。なまじ、設定が突飛なものではなく、現実順守というのもあったのだろうけど、この足元の覚束無さ。あっさりと腐った床板を踏みぬいてしまうように世界が壊れかねない危うさを、彼女たちがいつも感じているというのは、どれほど恐ろしく不安なものなんだろう。我に返ったときには全部嘘だったと理解出来るとしても、あの臨場感はやはりホンモノなわけですから。

しかし、これ巻数表示がついていると言うことは、続くのか? これはこれでとても綺麗に終わっているようにも思うのだけれど。まあでも、この空想病とその周辺の設定は本当に上手く出来ていて、まだまだ違う方向からのアプローチも出来そうだし、登場人物も同じでもまったく違う人にしてもイケそうだし、うん、そう考えると、続くのもありか。脚本のネタさえ上手いのを考えられたら、いくらでも凄い話に引っ張れそうだし。なんにせよ、著者先生の腕次第ということですか。それなら、何の心配もなく、楽しみに待てそうですね。