スクランブル・ウィザード6 (HJ文庫)

【スクランブル・ウィザード 6】 すえばしけん/かぼちゃ HJ文庫

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小学生だろうと十二歳だろうと、こんなにしっかりと力強く自分の生きる道を見つけて、困難や無理解に振り回され、期待に押し潰されそうになりながらも、敢然と光を発し続けているこの子を、もう子供だなんて言えない、言えるわけがない。
そこらの大人が、子供扱いして侮っていい子じゃないよ、月子は。この歳で、世間の好奇の目に自分を晒し、社会に飛び出て、世界を変えると決めて戦っているのだ。本当に頭がさがる。
それだけに、この子を自分の権勢や欲望のためだけに利用している祖父や、自分の享楽のためだけに人の人生を破滅させて喜ぶ外道が、この娘に魔の手を伸ばして行く様には、激しい怒りを覚えてしまう。その腐れきった手で、その子に触るなぁぁっ!!
だが、老獪にして狡猾、社会の裏にも表にも権力の手を張り巡らし、権謀術数の限りを尽くしてのし上がってきた連中にとって、強力な魔法士だろうと高邁な理想に燃える娘だろうと、所詮は無力で取るに足らない路傍の石に過ぎないわけだ。ちょっと策を弄するだけで、権力を動かすだけで雑草を踏みつぶすように、人の人生を破壊し、純粋で健気な心を粉々に打ち砕く。

久々だ、これほど虫酸が走る腐れ外道の悪役は。

魔法が使えると言うだけで迫害され、普通の人々からは化け物のように見られ、国家組織からは便利の良い道具のように酷使され、使い捨てにされていく魔法士と呼ばれる人々。
彼らの殆どが自分の境遇に鬱屈を抱え、心に傷や歪みを持っている。未来に絶望し、今に絶望し、過去に絶望している。救いもなく、希望もなく、ただただ諦め、もしくは壊れて何も見なくなっている。
恐ろしいまでの閉塞が、この作品の物語には横たわっているのだ。
その延々と続くと思われた魔法士の置かれた現状に一筋の光を指し示したのが、他でもない、月子である。彼女は大好きになった先生を通して、自分たちが置かれている絶望を正しく理解し、でも諦めることなくそれを打ち破ることを誓った。自らを旗印とし、シンボルとして立ち、世間が魔法士に抱くイメージを払拭しようと、魔法士への間違った理解をただそうと、自分たちも普通の人間にすぎないのだと分かって貰おうと、恐らくは労ばかり多く得るものの少ないだろう戦いに、身を投じたのだ。まだ、小学生にもすぎない小さな子が。
今、ここに彼女の真摯な想いに打たれたものたちが集いつつある。絶望と諦観に犯され、今に背を向け続けていた、顔をあげようとしている。

今まで、どちらかというと歴戦でありながら今に対して無関心だった魔法士たちが、月子の姿に惹かれていく姿が、妙に胸にくる回だった。月子が連中によって無茶苦茶にされようという中で、彼女に希望を見出し、未来を見た人たちが徐々に集っていき、彼女にとっての希望になりつつある、というのは燃えるよなあ。
特に、一花と共に一度は自分を死んだことにして地獄から逃げ出し、本当に死んだように生きてきたあの人達が、月子のお陰で生を取り戻して行くところなんか。

あの壊れきっていたはずの能勢ですら、ただの破壊者でも殺戮者でもない人としての心を、どこかに秘めている。月子を嘲るように言った、自分のようなものでも救えるのかという問い掛けには、どこか懇願に似た本心が混ざっているようにも感じたのだった。
淵上のおっちゃんは、ちょっと勿体無かったなあ。今回、能勢との対決や、失われた部下への想いなど、ひねくれ者でクセ者だけど有能で部下思いの上司として非常にキャラ立ってたのですけど、これならもうちょっと早い段階から存在感示してくれてたらなあ、と思わずにはいられない。今までクセ者上司としてちゃんと居るは居たけど、微妙に目立ってなかったんだよなあ。

月子も十郎もかつてない瀬戸際に追い詰められたわけだけれど、この圧倒的な絶望感に息の出来ないような奈落感がないのは、やはりこの悪しき流れに敢然と抗うもうひとつの流れがはっきりと生まれつつあるからか。
なんか、今までとはまるで違う形で高揚してる。さあ、盛り上がってきた。