烙印の紋章〈5〉そして竜は荒野に降り立つ (電撃文庫 す 3-19)

【烙印の紋章 5.そして竜は荒野に降り立つ】 杉原智則/3 電撃文庫

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衝撃的な第一部終了から七ヶ月。一応、ちゃんと第二部が始まるとは後書きで書いてあったものの、万が一打ち切りだったらどうしようと気を揉んでいましたが、無事第二部がスタート。
前回、自分に与えられた帝国の皇太子という身を殺害することで念願の復讐を果たし、名もなき傭兵へと戻り帝国から姿を消したオルバ。今まで築きあげてきたものを全部投げ捨ててしまった行為に、いったい何を考えてこんなリスクの高い展開にしたのかと疑問に感じていたが、新章でのオルバを読んでこれが必要な展開だったのだと深く納得させられた。
思えば、その身の上から権力者階級に対して拭いがたい憎悪と侮蔑、嫌悪感を持っているオルバという人物には、どうしても限界があったと言える。その才覚を振るえば揮うほど、彼は自分があれほど憎んでいた権力者に成り下がり、かつての自分や兄のような名もなき一兵卒を駒のようにしか捉えられず、無感情にその生き死にを動かしていくという矛盾に苛まれていた。それでも、復讐を果たすという目的があった時はそれにしがみつけば良かったが、復讐を果たして閉まった時に彼がそのまま権力者の座に残った侭だった場合、彼の復讐の念によっていささか歪んでしまっていた精神は、いったいどうなってしまっていただろうか。おそらく、矛盾に押し潰され、もう修復しようのない歪みを生じてしまったのではないだろうか。
彼に取って、一度皇太子という立場から離れる事は、絶対に必要な事だったのだ。今までのオルバでは、復讐者以上の存在になるには限界があったのだ。彼には才覚はあっても、王となるための魂の器が足りていなかった。

なんの権力も威光も持たないただの傭兵に戻ったオルバは、生きる目的を失い抜け殻のようになりながら、それでも剣闘士奴隷として生きた経験しか無い以上、剣で生きることしか知らず、再び仮面をつけて帝国から離れたタウラン地域に移り、そこで一兵卒として戦場に立つことになる。
幾多の小国家が乱立し、長年戦乱が収まらないタウラン。そこは今、ガルダと呼ばれる謎の魔術士の起こした戦によって、混乱を極めていた。腕の立つ兵士が何よりも求められ、力なき民衆からは平穏が奪い去られた血塗られた戦野。
そこでオルバが目の当たりにしたものは、彼が今まで抱いていた既成概念を木っ端微塵に打ち砕く真実であった。それはすなわち、彼の限界を打ち砕くものであり、その真実を受け入れると言うことは、今までの彼が決して得ることが出来なかったであろう「王」たる器を、彼が備えることが出来るようになった、と言うことと同意義なのである。
と、同時にその真実は彼が頑なに目を逸らし、真正面から見る事を避け続けたビリーナ皇女という存在を、彼女がいったいどんな女性だったのか、どんな皇女だったのか。それを、オルバが偏見を除いて見つめることが叶ったと言うことでもある。
この時彼は、王として立つ気概と器を手に入れると同時に、絶対に守らなければならないものも手にいれたのかも知れない。
復讐者でしかなかった剣闘士奴隷たる男が、皇太子たる身分を捨て、ただの傭兵に戻ることで、国のため民のために立つ高貴なるものの義務を知り、守るべきものを持つ騎士たる思いを胸に宿すことで、一回りもふた回りも大きくなり、戦う目的を取り戻したのだ。
数奇な運命で皇太子の影武者という身分を手に入れ、その才覚を目覚めさせ、帝国内部で赫々たる戦果を次々とあげて、周辺各国に名を知らしめただけでも、充分戦記ロマンとして魅力的な話だったのに、一旦その身分を捨て去り、再び別天地で一兵卒からのし上がろうというのだ。それも、人物としての魅力や可能性を遥かに高めることに成功しながら、である。
これほど叩き上げ、という言葉が似合う男も珍しい。正直コレは、あのまま皇太子の影武者として帝国に残っていたよりもダイナミックで劇的な展開が待ち受けている事が容易に想像でき、ワクワクが止まらない。
元々期待していた作品ですが、これは本当に続きが楽しみな大作になってきましたよ。

ヒロインたるビリーナ皇女は今回まったく出てきてくれず、残念だったのだが、後書きを読む限り、それほど捨て置かれることはないようなので安心した。この変化し成長したオルバには、絶対ビリーナが必要ですもんね。