C3‐シーキューブ‐〈9〉 (電撃文庫)

【C3 シーキューブ 9】 水瀬葉月/さそりがため 電撃文庫

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ついに季節はお正月かー。見るもの聞くもの初めてばかりなフィアがいるせいか、このシリーズってきっちり年中行事をやってくれるんですよね。春亮も作中で述べているのですが、クリスマスや年越しやら、繰り返していると慣れて特に何も感じなくなってしまっているイベントも、フィアがその行事特有の決まりごとやお約束などに、驚き目を丸くし、楽しそうにはしゃいでいると、見慣れたイベントが随分と新鮮に感じられてくるんですよね。付き合わされている方も楽しくなってくる。
この【C3 シーキューブ】シリーズを私が好きなのは、この賑やかな夜知家の風景に妙に生活感があるところだったりします。他のドタバタホームコメディな作品だと、その大騒ぎな賑やかさ、楽しさは伝わってきても、案外そこに生活感を感じるようなものって少ないんですよね。愉快で和やかな笑える【非現実】、とでも言うべきか。
その点、この【C3 シーキューブ】は、まああくまで私の主観なのですけど、あーこの家で毎日生活しているんだなー、というような匂いが伝わってくる。
冒頭の年越し風景にしても、こたつに入って大晦日の益体もないテレビの特別番組を見るとは無しに見ながら、ダラダラと他愛もないおしゃべりをしーの、食べ終わった年越しそばの片付けをしーの、年が明けたら友人知人に電話をかけて待ち合わせをしつつ、着替えの遅い同居人をせっつきながら、シンと冷えた真夜中の外にちょっとウキウキしながら初詣に出かける、という一連のシーンがたまらなく好きなんだ。これらは別段、年末年始のシーンとしては珍しくも何ともない場面なんだけれど、なーんか味があるんですよねー。
あー、夜知さん家だなー、というにんまりと感慨に浸ってしまうような何かがあって、いいんだー。

今回は、まさにその夜知さん家の楽しくも賑やかな日常の風景こそが担保となる話であるので、冒頭にその何気なくも掛け替えのない空気をしっかり堪能させてくれたのは非常に良かった。
前半あってこそ、フィアや春亮が奪われてしまったものが取り返せなかった時の悲痛さと、其故の皆の必死さや切迫感が栄えるわけだし。
今回は、呪いの道具にまつわる組織が絡んでくる本筋とは少し外れた話で、あの連中のように倫理観や常識が根底からぶっ壊れていて何をしでかすかわからないような恐怖感、本筋の生命や尊厳が脅かされるような圧迫感こそないものの、だからといって悠長に気の抜けた番外編にはならず、緊張感が絶えずあったのは、そのお陰かな。
ただ、全体としてまったりとした雰囲気だったのも確か。精神的にも肉体的にもグロな展開はなかったですしねw

何気に今回はこのはさん本性バージョンが堪能出来たので、大満足(笑
このメガネ巨乳、キャラ的にいろいろな意味で貧乏くじを引いてしまう立ち位置にも関わらず、なおも独特の存在感を保っているのは、その随一の戦闘力じゃなくて、やっぱりブチキレた時の性格なんですよねー。普段のメガネ巨乳とのキャラのギャップが素晴らしいんだ。
ちうか、今回のこのは妖刀バージョン、まじ怖ええ(笑 
でも、やっぱり一番酷い目に遭うのはこのはさんなんだよなあ(苦笑

そういえば、珍しく白穂とサヴェレンティがちゃんと話に絡んできてくれたんですよね、今回。もしかしたら、彼女たちが登場した時以来なんじゃないだろうか。なんだかんだと手助けしてくれる二人だけれど、戦闘力は皆無に近いからいつも外野だったもんなあ。それが、今回は敵さんが本当の意味でヤバい相手ではなかったこともあってか、珍しく深入りしてくれたわけで。サヴェレンティの能力って、そういえばそんなだったなあ。見る機会が殆どなかったから忘れてた。

これでまた新キャラが増えたわけだけど、普段の伍鈴じゃあ戦力としてはあんまり期待は出来ないか。今回みたいに無茶苦茶やって力を蓄えた状態なら、かなり強力な戦力になりそうなんだが、そういうわけにもいかないしなあ。まあ、春亮には関心なくて白穂の方に興味津々みたいだし、コメディパート要員か。まだ中学生だし、家庭も普通にあるし無茶なことに巻き込むわけにはいかないだろうからね。
しかし、裾の長い白衣を着込まず緋袴を履いた姿のあの側面からのエロさは、とんでもないよなあ。

そしてこれも毎度の事なんだが、伍鈴に向けたフィアの説得というか独白、説教は感動させられる。いつも無邪気にはしゃいで毎日過ごしているようで、この娘は自分の「呪われた道具」としての出自、そして自分が拷問具として為してきた過去を、決して忘れてないんですよね。それを踏まえた上で、罪を背負った上で、どう贖罪すべきかを常に考えている。
自分が、どう生きていくべきかを、常に真摯に、一生懸命、健気なほど考えている。他人に、自分と同じ境遇のものに伝えられるほど考えている。
伍鈴に訴えた言葉には、ついにそんな風に考えるにまでなったのか、と思わず胸が熱くなってしまった。初めて現れたときには、あれだけ自分を憎み、自分を嫌悪し、自分自身に絶望していた娘が、自分の呪いの道具としての在り方を、そこまで受け入れることが出来るようになったのか、と。
ほんとこの娘は、強いわ。