笑わない科学者と時詠みの魔法使い (HJ文庫)

【笑わない科学者と時詠みの魔法使い】 内堀優一/百円ライター HJ文庫

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「一言でいうなら魔法使いですかね」そんな言葉と共に、物理学を修める学生・大倉耕介が教授から託されたのは、咲耶と名乗る女の子だった。謎の儀式『時詠みの追難』をめぐり、命の危機に晒されていた咲耶。耕介は論理的思考を積み重ね、彼女を守る最適解にたどりつけるのか!? 
物理と魔法が手を結ぶ化学反応ファンタジーを観測せよ!!


魔法と物理科学、相反する二つの要素に対して、それぞれのエキスパート――魔法使いと科学者はどういうスタンスで挑むのか。
普通ならばそれはまず反発と否定から始まるケースが多いのだろうが、この物語の主人公である大倉耕介は自分が学ぶ物理法則と真っ向から対立するであろう魔法というモノを、否定もせず信仰もせず、フラットに受け入れるのである。
未知の要素に対して、何らの憶測も予断も挟まず、そのあるがままを知ろうとするのだ。その知識欲は貪欲であると同時に人間として最大に近いであろう柔軟さと言えるだろう。その姿勢はまさに科学者の鑑と言える。
そして、彼の柔軟な器は、魔法という概念だけではなく、自分の運命に萎縮しきった魔法使いの少女そのものをも、何の予断も偏見もなく、その在るが儘に受け入れるのだ。
その優しくも論理的な受容性は、萎縮し警戒心をむき出しにしている少女の心を解きほぐし、自身に課せられた運命を知ってからやすらぐことのなかった少女に、包まれるような安らぎを与えてくれるのである。
もちろん、その大樹のような受容性は魔法使いの少女にだけ適応されているわけではない。過去の事件から感情を面に出すことができなくなり、無機質な無表情を鉄仮面のように張り付けている耕介の、その表層からは見えてこない彼の本質に近づいた者は、男女の頚木なく彼に惹かれて行くのだ。探偵の須崎しかり、高校時代の同級生であるあすみしかり。
特にあすみなどは、耕介という存在の与えてくれる安心感のあまりの大きさに、家の事情があり考えないようにしていたとはいえ、耕介のことを異性として意識している自分のことを、同様の境遇に置かれた魔法使いの少女咲耶とお互いの気持を照らし合わせるまで、気づくことすら出来なかったくらいだ。

そんな彼の特異性は、やはり表情が無い、というところにあるのだろう。彼は感情を表に出すことが全く出来ない。が、それ故なのか彼は自分に対しても他人に対しても自分の感情、思いや気持ちというものを全く偽ることをしないのだ。
面白いことに、感情を自由に表に出せる咲耶やあすみたちの方が、表に出している表情を偽っている。咲耶は必死にしかめ面を貼りつけて、自分の中の弱くて泣きそうな表情を隠している。あすみはふにゃりとした柔らかい笑顔を決して崩そうとせず、その裏で浮かべている苦しくて泣きそうな表情を見せようとはしない。
真実の感情が表にでないのなら、無表情と何の違いがあるのだろう。むしろ、無機質な無表情の方が、嘘も偽りもないという意味では真実に近いのかも知れない。
そして、そんな偽りの表情を、表情を持たない耕介は決して見誤らないのだ。嘘の表情の裏にある、泣いている彼女たちの本当の表情を、彼は決して見逃さない。
その上で訪ねるのだ。
おまえは、どうしたい?

この主人公の、最も敬するべきところは、まさに此処なのだろう。彼は、絶対に相手の意志を無視しない。彼は、人と人が真の意味で理解し合えないのを理解している。人が、言葉や態度でしかものを伝えられな不便な生き物だと理解している。他人の気持ちなど、勝手に想像して決めつけても、それが正しいかはワカラナイと知っている。
それゆえに彼は勝手に判断しない。
それは、魔法という未知を否定も拒絶もせず、偏見も抱かず、予断も挟まず、その存在を受け入れた事とダイレクトにつながってくる。
彼は偏見を抱かず、予断を挟まず、憶測にかまけない。彼は、常に純粋に知ろうとしているだけなのだ。

そして、彼は大切な存在が苦しんでいると、泣いていると、予断でも憶測でもなく、事実として知ったが最後、自分の為せるあらゆる全力を振り絞ることを厭わない。
本当に、なりふり構わない。
まったく、偉大で、敬意を抱かずにはいられない主人公さまである。

ちょーっち、咲耶と耕介たちが打ち解ける期間が短すぎたのが気になったけど。殆ど一日で、というのはさすがに早いよ(笑
三人の絆の深まりが素敵だっただけに、一日というのは即席過ぎてちょっと軽く感じた部分があったかなあw
でも、主人公の耕介はもちろん、健気な小さな魔法使いの咲耶、奔放に見えてその実、不器用なくらい誠実で一生懸命なあすみ。みんな魅力的なキャラクターで、とても優しく気持ちが温かくなるハートフルな物語でした。