薔薇のマリア  13.罪と悪よ悲しみに沈め (角川スニーカー文庫)

【薔薇のマリア 13.罪と悪よ悲しみに沈め】 十文字青/BUNBUN 角川スニーカー文庫

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なるほどなあ、終わってみればそういう事だったのかと首肯してしまった。
なぜ、もう一度SIXだったのか。一度倒したはずの最悪にして最凶、邪悪にして外道たる男と再び対決しなければならなかったのか。
そして、なぜSIXが父親でなければならなかったのか、という点も幾許かこの理由に含まれているのではないだろうか。ルーシー関連は決して上手く行っていなかった気もするけど。

かつての泉里会戦において、秩序の番人たちがSIXによって受けた傷は、今なお癒えてはいなかった。羅叉を総長に、ヨハンを副総長においた新体制を組み直したものの、お世辞にも順風満帆に行っているとは言えなかった。明らかに歪で、機能不全を起こし、存在が変調をきたしていた。
端的に言えば、秩序の番人は偉大なる総長の死からの再出発に、失敗してしまっていたのだ。それでも、曲がりなりにも秩序の番人が体裁を整えていられたのは、ヨハンの尽力があったからだ。逆に言うと、誰もがヨハンこそが秩序の番人の要と理解しながらも、その彼を前に押したてられなかった時点で、早晩秩序の番人は破綻を迎えていたのではないだろうか。
既に組織は以前とはまるで違うものに変わりつつあったのに、ヨハン本人を含めて誰もが過去にしがみつき、有りの侭の今から目を背け、歪みを放置し続けていたわけだ。

つまるところ、彼らは過去を払拭せねばならなかった。過去の傷を克服し、前を向き、未来を見据え、今の自分達を立て直さなければならなかったわけだ。
とはいえ、それは決して簡単なことではない。薄々感覚としてその真理に気づきつつあったとしても、少なくとも目に見えるはっきりとした形で異常がない以上、組織全体を変革するエネルギーはなかなか湧いてくるものではない。多くのものは現状を維持しようと変化に対して反発するだろうし、何より上層部の人間たちこそが頑なに今の在り方にこだわっていたわけだから。彼らこそが、このままではダメだと一番理解しながら、だ。

そんな時に現れたのが、彼らの今の有様を作り出した元凶であるSIX。彼らがしがみつく過去を粉々に打ち砕いた、ある意味彼らの過去の象徴とも言うべき倒すべき敵。
図らずも、再び現れたSIXは歪みきった今の秩序の番人をも再び無茶苦茶に打ち壊し、真の要であり柱であったヨハンを連れ去ってしまったわけだ。
総長である羅叉が健在でも、今の総長は羅叉だったが、ヨハンがいなくなった後の秩序の番人が、もはやその体をなくしてしまったのを見れば、それこそ誰が太陽鬼亡き後の秩序の番人を担っていたか、その事実が白日のもとに晒されてしまったのである。それこそ、もう誰も目をそらせないほどはっきりと。
とはいえ、今更その事実が露呈したとしても、ヨハンがいない以上どうにもならない。本来なら秩序の番人はSIXの攻撃を受けなくても、このまま崩壊していったはずだったのだが。

そこで思わぬ形で割って入ってきたのがマリアであり、マリアに後押しされたトマトくんだったのである。
うむ、この発想はなかった! いや、あくまでこの展開はハプニングというかトマトくんのウッカリさんのお陰であって、マリアの最初の発案内容は穏当なものだったんだけどね。ただ、マリアの初期案のままだったら決して上手くはいかなかっただろうし、その意味ではトマトクンのうっかりグッドジョブ、なんだが……あれ、本当にうっかりだったのんだろうか。
いつもは掴みどころの無い側面ばかりが表に出ているトマトクンだけれど、今回はいつになく本気だった。将帥としての存在感もそうなんだけれど、ZOOのメンバーに対しても今回はちょっと違った気がするんだよなあ。今まではもうちょっと存在感が茫洋としていたんだけれど、なんか今回はイメージというか存在感が鮮明だった。なんていうかねえ、今までは屋台骨とか大黒柱とか、絶対に必要で大きな存在なんだけれど、そこにズシンと聳えているだけの動かないモノみたいな感覚だったのが、今回は生きた人間だったというか、歳の離れたお兄さんみたいな感覚で。いや、だんだん何を言ってるのか自分でもわからなくなってきたが。リーダーとか大将とかそういう感じでもなく、家族の中の家長みたいな? それも父親ほど遠くはない一回り年上のお兄ちゃんみたいな?
まあ、何にせよそんな感じだったのだ、この巻のトマトクンは。身近だった、というべきかもしれない。もっとも、そんな感覚は読者視点のものに過ぎず、マリアたちZOOの面々からしたらトマトクンが身近で家族だというのは今さらのことなんだろうけれど。

っと、話が逸れた。
SIXによって二度目の崩壊を迎えた秩序の番人は、トマトクンのお陰で三度復活したのだけれど、あくまでこの時の編成というのはSIXを倒すためのものであり、新体制ってわけじゃなかったんだよね。この時点では、何よりSIXを倒すことこそが最優先だったわけだから、これでいいんだけれど。そう、何より過去の象徴であるSIXを倒さないことには始まらなかったわけだ。でも、ただ力任せに倒すのでは、前回SIXを退けた時と何も変わらなかったのかもしれない。
ここで重要な役割を果すのが、ヨハンであり、ベアトリーチェだったのである。
本拠地奪還戦でアジアンの活躍で(この巻でふざけた格好で走り回ってたアジアン、マリアとのイチャイチャばかりが目立ってたけれど、珍しく今回の彼の行動というのはマリアのため、というのとは外れてたんですよね。彼が走り回っていたのは、秩序の番人との関係を修復するため、というクランの頭としての(やり方はメチャクチャとはいえ)過去の失態を挽回し、責任を果たそうとしていたが故の行動という点は、注目に値する)助けられたヨハンは、組織としての秩序の番人がSIXによってグチャグチャに潰れたのとは別に、彼個人も虜囚の憂き目にあい、人間としての尊厳を粉々に打ち砕かれ、ある意味こだわりもしがらみも執着も、何より過去からも、何もかもが漂白されたのかもしれない。その上で彼に残されたのは、ずっと抱きしめ続けた大切な想いあり、自分がかつて太陽鬼たちから託されたものの姿だったわけだ。

そしてベアトリーチェ。彼女もまた、かつてSIXによって陵辱され好きだった人を殺され、それまで彼女が持っていたものの殆どを奪われた過去を持つ。
その後、彼女は秩序の番人を離れたものの、自分のやりたい事為すべきことを見つけ、愛する人たちと生きる道を進みだしていた。
そして今、奪われたもの以上のものを手に入れ、成長した彼女は再びSIXと対峙する。
その時、SIXにむけて彼女が告げた一言こそが、このルーシー編におけるSIXの再登場の意味だったんじゃないだろうか。

リーチェは、素晴らしく素敵な女性になったよなあ。初めて登場した頃と比べると、別人のようである。別人というのとは少し違うか。少女が、大人の女性になったというべきか。
十文字青という人の描く作品の登場人物たちは、多かれ少なかれコンプレックスを抱き、トラウマを抱え、自らの内にある歪みと戦っているけれど、これほど自分の内なる闇や痛み、歪みに対して、決定的な、完全な勝利を手にしたキャラクターというのは、彼女が初めてなんじゃないだろうか。それほどに、この巻におけるリーチェの姿というものは鮮烈でした。
リーチェがピンチに陥った時のマリアの取り乱し方も、けっこう驚かされた。アジアンとは別の意味で、リーチェって確かにマリアにとって特別な人になってるんですよね。親友、とはまた違うんだよなあ。大切で、守りたい人、という感じで。


と、物語の本筋とはまた別に、どうやらトマトクンやSIXが根幹に関わっているらしいこの世界の謎についても、今回大胆に踏み込んできた。SIXの回想からだけでも、この世界の成り立ちが幾許か想像しえる。
トマトクンが時折漏らす単語などから、この世界が現代西暦から直接つながっている世界だというのは薄々承知していたけれど、どうやら冒頭の回想からして、一度マジで文明崩壊したみたいだな、こりゃあ。
しかし、そこにマリアがどう関わってくるんだ?
マリアの謎については、トマトクン関連とはまったく関係がないと思い込んでいただけに、この流れには驚かされた。
そろそろこのシリーズも、クライマックスへと足を踏み入れてきたんだろうか、