カラクリ荘の異人たち 4 ~春来るあやかし~ (GA文庫)

【カラクリ荘の異人たち 4.春に来るあやかし】 霜島ケイ/ミギー GA文庫

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「幽霊を見たことがある?」と、クラスの、それほど親しくもない男子に問われた太一は「ある」と答えた。

 なにしろカラクリ荘に来てからというもの、幽霊どころか妖したちの絡む色々な事件に巻き込まれてきたのである――が、そこがうまく説明できない。
 そもそも人との距離がうまく掴めない太一にとって、彼がなぜそんな話を自分にしてきたのか皆目見当もつかないのだった。
 だが、理由を訊けぬままに別れた後、自分でも不思議に思うほど、その事が気にかかってしまう。
 以前の自分であればそんな事はなかった。なのに――なぜ!?

 賽河原町に春風が吹き、少年の心にも、小さな春が訪れる……。
 ハートフルご町内妖怪奇談第4巻!!
ああ、表紙絵の太一が笑ってるよ。後ろで手を振っている采奈の太陽みたいな満面の笑顔も素敵なんだけれど、過去の母親との出来事から感情が欠落したかのように無感情だったあの太一の変化を見守ってきた読者としては、彼がついに笑えるようになったことそれ自体が途方もなく嬉しい。
人の世界に関心を失い、幽冥へと外れかけていたあの少年が、彼岸と此岸の狭間とも言うべきカラクリ荘で暮らすようになってから体験した様々な出来事や事件が、固まってしまっていた彼の心を揺り動かし、カラクリ荘の大人たちが時に厳しく時に諭すように教えてくれる幽冥との付き合い方が、徐々に太一の心を解きほぐしていったのであるが、それ以上に太一を人の世界に引き止めていたのは、采奈の存在であることは疑いないかと思います。
多分、カラクリ荘の人たちだけだったなら、太一はちゃんと人間の世界には戻れなかったんじゃないかなあ。空栗荘の人たちは太一が人の世からハズレてしまわないよう気を配り、温かく見守っていてくれてはいたものの、彼らは人間でありながらあやかしの世界に半分脚を突っ込んでいるような人たちですからね。ある意味、人間の世界よりもあやかしの世界の方により重心を置いているような人たちですし。彼らは無論、確固として人としての意識を持ち、自分が人間であるという確信と自覚を以て立ち、その上であやかしの世界に踏み込んでいる人たちだからいいのですけれど、太一がもし彼らとしか付き合わなかったらやはり人の世界には関心を失ってしまい、幽冥へと取り込まれてしまっていたんじゃないでしょうか。
そんな太一を、人間の世界の側から一人で捕まえ引っ張り、踏み外さないようにしがみついていたのが采奈だったように思います。この太陽が酔っ払ったような元気爆発の、でも健気で一途で決め細やかな気配りが行き届いているお嬢さん、読んでくれりゃあ一発で分からされるでしょうが、当代随一のイイ女です。この娘の考え方の温かさときたら、この子が一生懸命飛び跳ねている姿を見ているだけで、心があったまってくるくらい。
こんなイイ娘さんが一途に好いてくれているというだけで、世間の皆さんはその相手に一目おいてしまうんじゃないでしょうか。実際、人付き合いを避けて学校でも他人と距離を置いている太一が、クラスメイトから必要以上に悪感情を抱かれていなかったのは、采奈本人は全然違うふうに考えているようですが、多分采奈が一生懸命太一に構っていたからなんじゃないかなあ、と思うんですよね。
太一も、采奈を邪険に扱わず、人との付き合い方が分からないから困惑混じりだけれど、それでも訥々とではあるけれど、まとわりつく采奈に対して誠実に対応していましたしね。
それでも、本当に一人きりで孤立していたら、異分子扱いされていたのではないでしょうか。

前巻のレンの痛烈な非難と彼との喧嘩も、この巻の太一の他人に対する複雑な情動、初めて生まれる他人への関心を見ていたら、太一を大きく成長させていたんだなあと納得させられる。
自分が感情を凍らせ、他人を遠ざけて、必死に押し殺していたもの。母親との出来事によって刻まれた心的外傷の正体。それと真っ向から向き合う勇気を、太一はこの空栗荘で暮らすようになってからの経験やいつの間にか積み上がっていた自分以外の存在との関係によって得ることが出来たんですねえ。
そして、人の世界に立ち戻ることが、そのままあやかしの世界から遠ざかることに繋がるわけではないのです。太一が幽冥へと落ちようとしていたのは、単に人間の世界から逃げ出そうとしていたから。別に、あやかしたちの世界が好きだったからじゃない。でも、采奈や鈴子さんたちのお陰で人間の世界をもう一度好きになりながら、太一は同時に茜たちいろんな事件や怪異を通じて知り合った妖怪たちや、妖怪たちと関わる人々の想いに触れることで、あやかしの世界も好きになっていってるんですよね。
妖怪と人間は決定的に違う存在であるけれども、それでもこれまでの長い歴史の中でそうだったようにこれからも近くて遠い隣人として付き合い続ける事が出来る。
人と訣別しようとする、なんども親切にしてくれたある妖怪に縋って泣きじゃくる太一の涙と、少年の純粋一途な想いにうたれる妖怪の姿が……。二つの存在は違うけれど、でも違う以上に同じような感情によって成り立っている存在なんだよ、と穏やかに語る空栗荘の大家さんの言葉がとても印象的でした。
季節はめぐり、新たな門出の季節である春がくる。笑顔で、あやかしの世界と現世の狭間である空栗荘から、行ってきますと学校に向かう太一の後ろ姿に、温かな幸福感が胸いっぱいに広がっていくのでありました。
素晴らしい完結巻でした。感無量です、はい。