断章のグリム〈12〉しあわせな王子〈上〉 (電撃文庫)

【断章のグリム 12.しあわせな王子(上)】 甲田学人/三日月かける 電撃文庫

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死んだはずの者がその先に待っていることは──。悪夢の幻想新奇譚十二幕!

 大きな黒い霊柩車のような不審な車。かつてこの車を見た翌日、隣の家族は忽然と姿を消した。その同じ黒い車が、密かに想いを抱く浅井安奈の家の前に停まっている。安奈はあまり幸福とは言えない学校生活を送っている可憐な少女で、趣味を通して最近少しだけ仲良くなってきたところだった。膨れあがる不安感に押され家の中に忍びこんだ多代亮介は、傷ついた安奈を連れ出して逃亡した──。
 蒼衣が深い傷を抱えた一週間後。処分しそこなった〈泡禍〉被害者を探すため、瀧修司と可南子の工房を訪れた蒼衣たち。だが、可南子に対して雪乃は恐怖を感じずにはいられない。雪乃は“生き返り”という概念に疑問が隠せず、そして──。
断章のグリムで幸せの王子という題材を扱うとなると、それはもう尋常ではないグロテスクな展開を覚悟せざるをえないのである。
なにしろ、王子の像から宝石で出来たや全身に貼られた金箔をはがして、話だ。そのまま、眼球や生皮が剥がされて配られるような話に違いない、と覚悟してたら、あっさり覚悟を上回るエグいのがきて、もう泣きそうになる私。
しかし改めて「しあわせの王子」という話を読んでみると、悲劇以外のナニモノでもない話なんだな、という感想を抱かざるを得ない。王子の使者となったツバメは結局死んでしまい、王子は悲しみのあまり鉛の心臓が張り裂けて、像が死ぬ、というのも変だけれど完全に停止してしまい、彼が救おうとした街の人々はそんな王子の像をみすぼらしくなってしまった、とあっさりと打ち壊してしまう。最終的に彼とツバメの魂は神様に拾われ、天国へと導かれるのだけれど、そもそも天国なんてものは、悲しみのない世界という意味では王子が像になるまえにしあわせに暮らした王宮と何も変わらないんですよね。王子は結局、彼が悲しみ涙を流した街の人々の貧しく悲惨な暮らしを救えぬまま、元居た悲しみの無い世界に戻されてしまったわけだ。

しあわせの王子の童話をモチーフにした泡禍は、まだその鎌首をもたげはじめたばかりで、この上巻は前のエピソードで周知となった可南子の正体と、雪乃の「葬儀屋」への不信感。そして、葬儀屋の元から逃げ出した甦った死体の少女と、その友人である少年の逃亡劇がメインとなる。
「葬儀屋」瀧修司の在り方を騎士の鑑、彼女が目指す「孤高の怪物」を体現するような存在と目標にしながら、そのまともな人間からあまりに逸脱した在り方に不安感を隠しきれない。それは、正しくいうなれば瀧への恐怖そのものであり、雪乃の精神が正常であることを示しているとも言える。結局のところ、雪乃が目指そうとしている「孤高の怪物」という存在を、今の彼女は受け入れる事すらできないわけだ。
甦った死体であることが判明した可南子を、雪乃が過剰なくらいに忌避しているのも雪乃のまともさを逆に証明していると言えるかもしれない。

もっとも、何らかの理由で死んだ可南子を甦らせて一緒に居続けようとしている瀧は、だからこそ雪乃が考えるほど「孤高の怪物」と呼べる存在とは言えないのかもしれない。

にしても、これまでは「葬儀屋」の断章って話の流れで普通に流してきたけれど、こうして改めてスポットが当たって、その有様を目の当たりにすると、とんでもなくエグい能力だよなあ。
泡禍に巻き込まれて死んだ人間は、もしかしたら下手に死体を残さずに死んだ方がマシなのかもしれない。もし、死体が残っていて処理される必要があった場合、彼の能力によってもう一度殺されなきゃならないわけだし、もしかしたら泡禍で死んだ時以上の恐怖と苦痛を味わうハメになるかもしれないのだから。

不幸な弾みから、瀕死の重傷を負ってしまう蒼衣。蒼衣の怪我に動揺しまくる雪乃。この娘の必死に張り詰めた精神の脆さは、こういう時にこそ危うさを増す。普通に蒼衣を心配することさえ、自分に許さない、認めない頑なさと、容易に揺れ動き狼狽えるその心。
そんでもって、未だにこの娘は、蒼衣の異常性についてまるで気づいてすらいない。神狩屋は薄々把握している節があるけれど、彼の語る「普通」を雪乃はそのまま額面通りに捉え、蒼衣を普通の人間と思い込んでるんですよね。そもそも断章を抱えている時点で、そんなことはありえないのに。
そして、これまで安定していた蒼衣の断章も、怪我をきっかけにか不安定化し、暴走の危険性が示唆される。これ、ムチャクチャやばいよな。蒼衣の能力が制御を失ったら、危険どころの話じゃない。
いつにもまして波乱の予感をはらんで、下巻へと続く。

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