ウィザーズ・ブレイン〈8〉落日の都〈上〉 (電撃文庫)

【ウィザーズ・ブレイン 8.落日の都(上)】 三枝零一/純珪一 電撃文庫

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うちの賢人会議の親分さんが、最近恋する乙女まっしぐら、なんですが!?
元々、とっくに真昼の事を気にして意識していたサクラさんですが、衛星から帰ってきて以来その傾向は重症化の一途を辿っているのであったッ!!
衛星で知った自分の両親の姿に、自分と真昼を照らし合わせてぼやーっと妄想してしまうあたり、昔のサクラ本人が知ったら自分は発狂したと怒り狂うんじゃないだろうか(笑

ただのテロリストではなく、魔法士の真実を世界に公表し、シティ・シンガポールと同盟を結ぶことによって、世界の魔法士の受け皿としての体裁を整えた賢人会議。そもそも、各シティでまともな人間として扱われていなかった、それこそ兵器や人体実験のパーツとして人権も何もあったものじゃない扱いを受けていた魔法士にとって、賢人会議の存在はまさに救いの受け皿となったわけだ。
ここでシティを脱走して賢人会議に走る魔法士たちの事情も幾つか描かれているのだけれど、その脱走理由の多くが自身の自由を獲得するため、というよりも、より悲惨な人権も何もない扱いを受けている子供の、魔法士として「製造」された先天性の魔法士の子たちを守るために、部隊をまとめる大人の、後天的な、手術を受けて魔法士になったタイプの人々が部隊ごと賢人会議に脱走するケースが多いことに気付かされる。
これに限らず、この巻では各所で多くのものを背負っている大人の責任を問う場面が見受けられるんですよね。
そして、大人たちの多くは、自分の手の届く範囲で守らなければならないものを、必死に守ろうとあがいている。それぞれの立場から、世界全体を視野に入れたものから、身近な生活を守るためのものまで、いずれにしても大人たちはそれぞれに責任を果たそうと全力を尽くしている。
どちらかというと、最初子どもたちを主体として描かれだしたこの物語、子どもたちが生きるために必死にあがきもがかなければならなかった戦いの物語だけれど、話が進むにつれて大人たちもまた滅びて行く世界に無力感を感じながら、それでも彼らもまた必死にあがき続けているのだという姿が描かれだし、此処に至ってそれが全体的なうねりとなって出てきたように見える。もっとも、残念なことにその方向性は未だ明らかにバラバラで、まとまりなど無きに等しいのだけれど。
だからか、ここで出てきた一巻の少女。シティ・神戸で普通に暮らし、あの大崩壊に巻き込まれ、塗炭の思いで生き延び、幸いにもシティ/シンガポールで市民権を得る事がかなった少女の再登場が、大きく映るのだ。あの惨劇に巻き込まれ、地獄のような思いを味わいながら、この子は誰も憎まず誰も恨まず、まっさらに自分の境遇を受け入れている。これでも、自分はシティ神戸の住人としては幸いな方だと、運がいい方だと思い定めながら。
それでも、この子は笑わないんですよ。神戸が滅びてから笑ったことが無い。そしてふとした時、疑問に思うのです。どうして、こんな事になってしまったんだろう、と。この上なく素朴で、誰にも答えを返せない痛切な疑問。
そして彼女は子どもらしい素直な気持ちで、今を生きることに、目の前のものを守るのに必死な大人たちが目をそらしている、目を向けまいと逃げている、確定された滅びの未来をまっすぐに見つめ、問いかけるのだ。
これから、どうしたらいいんだろう、と。
彼女はこの後、とある人物と再会し、彼が言った言葉に自然と笑顔を取り戻すのです。ここで、過去も未来もまっすぐに目をそらさず直視していたこの娘が、静かに絶望していたんだなあ、という事に気付かされ、ちょっと泣きそうになった。そして、彼女がシティに縛られず、世界を取り戻すために動いている人たちの存在を知ることでやわりと希望を取り戻した事が、無性に嬉しかった。この後の展開からしても、この名も無き少女の存在は思いのほか大きく物語の進む先に影響を及ぼしそうな感触があるので、注視してみていきたい。

にしても、今回は冒頭から胃がいたくなるよ。いきなり、あんな詩が載ってるんだもんなあ。それが暗示している意味を考えると、胃がキリキリと。最近、主要人物が死んでなかったから変に安心していたけれど、このシリーズって最初の方はけっこう容赦なくザックザックと死んでたんだよなあ、と別に思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。
サクラの人間としての成長、組織のリーダーとしての成長がこのような形で結実してしまうというのは、ちょっと悲惨がすぎるんじゃないだろうか。まだ、結末は分からない段階だけれどさ、ウィッテンとアリスが幸せになりきれなかった分、娘のサクラには本当の意味で幸せになって欲しいじゃないか、やっぱり。

シリーズ感想