神さまのいない日曜日II (富士見ファンタジア文庫)

【神さまのいない日曜日 2】 入江君人/茨乃 富士見ファンタジア文庫

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本作は18回の川口士さん以来の第21回ファンタジア大賞・大賞受賞作。その続編に当たるのだけれど……。
一巻の段階で抱いた感想は、普通の良作、って感じだったんですよね。もっと詳細に述べるなら、新人賞応募作品であるがゆえに、一巻で完結する形での話のガッチリした完成度にこだわったがゆえに、それ以外のもろもろに目を瞑って切り捨てた作品、というイメージだったのです。
多かれ少なかれ、この手の大賞受賞作品にはその傾向があったのですが、この【神さまのいない日曜日】は特にその趣が強く、圧縮出来る部分はありったけギューギューに凝縮して、そこから漏れてしまったもの、例えば登場人物の掘り下げやテーマへの突き詰め方、世界観のディティールなどを泣く泣く置き去りにしてしまった感があったんですよね。
これは逆に言うと、構想の段階では作者が描くこの作品には、もっとスケールの大きなものが備わっていて、もっともっと細かく深く繊細なところまで書き込みたいという渇望みたいなものが、キチキチに枠に収めた一巻の中の色んなところに垣間見えたのでした。
それゆえに、前の巻の感想では<奔放にやらせたらかなりのスケール感を振り回せる>んじゃないの? と書いたりもしてるんですけど、実際には続刊が出ても劣化させずにどれだけこの雰囲気を持続させられるか、という現状維持が精々、という見込みしか抱いていなかったのが正しいところ。
ところがですよ、この二巻を読んでもう、私、仰天しました。
びっくりした、びっくりした、びっくりした!! もう一回言っておこう、ビックリした!!
これ、一巻とはまるで様相が違うじゃないか! 面白い、これはメチャクチャ面白い!!
いや、面白いという以上に「ガツン!!」と胸に衝撃が来るような、いい意味でこれでもかこれでもかと訴えかけ、問いかけてくる作品になっている。
読み始めてからすぐに、「あれ? これもしかして一巻の時より面白くないか?」と思い出したのもつかの間、グイグイと引き込まれ、呑み込まれ、夢中になって読みふけってしまい、一気に最後まで持っていかれてしまった。
これは参った、これがこの【神さまのいない日曜日】という作品の、引いてはこの作者が持っていた本当のポテンシャルだったのか。完全に見縊っていたと頭を垂れるしか無い。
まさか、窮屈な頚木を外されたこの【神さまのいない日曜日】という作品が、これほど爆発的に大化けするとは思いもしていませんでした。


子どもが生まれず、死者が死なない、神さまに見捨てられたと言う末世の世界。墓守と人間のハーフの少女アイは【人食い玩具ハンブニー・ハンバート】という男との出会いと別れを経ることで、この終りゆく世界を救うことを夢を抱き、父の友人であったユリーと墓守のスカーとともに旅に出る。その旅路の途中で出会ったキリコという少年との縁により、アイは死者たちが幸せに住まう街。百万の死者が住む死霊都市オルタスへと足を向けることになる。
ここで、前巻では漠然としか伝わってこなかった、死者が死なずに蘇る世界がどのように成り立っているか、という世界観が圧倒的なスケールと身近な体感を以て押し寄せてくる。
同時に、世界は、彼女が知っている生まれ育った村という小さな世界しか知らなかったアイでは、想像できないほど変わり果ててしまっていたことを思い知ることになる。
アイが救おうとしている世界は、すでにこの世のどこにも無く、生者が減り続け死者が増え続けるこの世界は、かつてのそれとは価値観も成り立ち方も多くが変容してしまい、今なお変容し続けている事を思い知らされる。知る度に、知る度に、知る度に、そのたびに彼女の夢が砕かれて行くのだ。
異常であることが、もはや異常でも何でもなくなってしまった世界。それが当たり前になってしまった世界。彼女が思い描いていた救いは、既に多くの人々にとって救いでも何でもなくなってしまっていて、彼女が備え持つ「不幸も幸福も、その人だけの者」という揺るがぬ信念は彼女が抱いた夢「死者には幸せに死んでもらいたい」という願いと真っ向からぶつかり、その夢を粉々に打ち砕いてしまったのだ。
だが、彼女は絶望しない。彼女の狂気に似た切望は、彼女に夢を諦めさせない。それでも、一度打ち砕かれてしまった夢は、改めて再構成しなければならない。どうすれば世界は救えるのか、ナニを持って世界は救われたと言えるのか。父と別れを告げ、生まれ故郷を旅立った時に胸に宿した夢のカタチでは世界を救えないと理解してしまった以上、アイはこれから「世界を救う」とは何なのかを見つけなければならなくなったわけだ。
この終りゆく世界をただ救うことすら途方もない事だったというのに、アイが自ら背負い込もうとしている夢の負債は、際限なくその重さを増しているように見える。その愛すべきキャラクターから、死者からも生者からもどんな立場の人間からも別け隔てなく愛され、慈しまれるアイというキャラクターは、だが恐ろしいほど孤独で過酷な生き方に身を投じているのではないだろうか。

そもそも、このアイ・アスティンのキャラクターは、主人公としてもヒロインとしても、とてつもなく特異で強靱だ。
彼女は一見、天真爛漫で奔放で明朗快活で無邪気で楽観的で、優しく暖かでナニも考えていない頭の中が春うららな、幸せな夢想の中にいる少女、そんな風に見える。
彼女は、まるでこの世界が楽園であるかのように楽しげに、振舞っている。彼女の瞳には、世界が素晴らしい色彩を持って映し出されているかのように、
錯覚してしまう。
だが、彼女の本質はその傍から見える印象とはまるで異なっている事を、読む人は思い知るだろう。作品の登場人物たちも、彼女の明るく無邪気な態度に彼女の在り方を誤解し、勝手に思い込み、その結果、自分たちがとんだ勘違いをしていたことを思い知らされるのだ。
アイ・アスティンは夢想家などではない。空恐ろしいほど徹底した現実主義者だ。彼女は人が抱くには壮大すぎる夢をいだいているが、幻想は決して抱かない。どれほど厳しく辛く痛々しい現実だろうと、目を逸らさず真っ直ぐに直視する。
彼女はその身の上の事情から、欺瞞をとことん嫌っている。世界を決して自分の都合の良い偽りの姿で見ようとはしない。
彼女は常に理性的に、理知的に、世界を在るが儘に観察し、その有り様とその理由を深く思惟して、時に冷酷なほど率直に現実を受け止める。頑固ではあるが頑迷ではなく、意固地に自分の考えや視点に縛られない。それは彼女が素直だからというよりも、自己欺瞞を自らに許さないほど徹底した現実主義者だからと言える、そしてゾッとするような聡明さを備えていると言うことであり、真っ向から現実と向き合う壮絶な覚悟を有している証左なのだ。
その上で、アイ・アスティンはこの末世に、悪夢のような世界に絶望も諦観もいだいていない。これほどの現実主義者でありながら、彼女は夢を諦めないのだ。
なんという頑固者だろう。なんという、理想家なのだろう。この可愛らしくも鋼鉄の意志を秘めた小さな少女は。

人類と世界が終末へと至った世界観を描いた作品の多くは、その終末を粛々と受け入れる形で終幕へと流れて行く。そんな類型が多い中で、この作品は珍しくも明確にこの終りゆく世界を救おうと動いている。
にも関わらず、ここにきて何をもって世界を救うと言えるのか、というそもの原点を問いかける展開に進もうと言う大胆かつ妥協のない挑戦には、正直鼓動が高鳴った。
作者は、この世界観を単なる舞台装置ではなく、明確な主題として捉え、マントルへと掘り下げて行こうという果敢で意欲的な意気込みをはっきりと見せてくれたのだ。これが、愉快にならずに何にときめくというのだろう。
キャラクター同士のコミカルな掛け合いも、テンポ良くリズム良く、非常に面白くなっているし、時折ハッとさせられるような印象的な言葉の選択や、不意に訪れる荘厳なまでの神話的な圧倒感など、一巻の時からは想像もつかなかった、途方もなく大きなものが、今目の前にブワァッと広がっていく感覚に圧倒されている。酔いそうだよ、ホント。

まだまだ萌芽なのかもしれないが、芽が出たのは疑いも無い事実。この作品が本物の大作となり、傑作と呼ばれるに相応しいものになるかは、今後次第なのだろうけれど、私の期待は膨らむばかり。ああ、ワクワクが止まらない。

1巻感想