聖剣の刀鍛冶<9>(MF文庫J)

【聖剣の刀鍛冶 9.LastWind】 三浦勇雄/屡那(MF文庫J)

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……なんかルークとセシリー、二人の関係、変わったな。この前のお祭りの時からか。それまでは、お互い自分の気持を持て余しながら、照れ照れとこっ恥ずかしい雰囲気を醸し出していたのに。
初々しい恋心に踊っていたのも今は昔。二人が置かれた過酷すぎる環境は、そんな甘く蕩かすように育んで行くはずだった幸せな関係を味わう時間を与えてくれなかったのだ。一刻、離れ離れになり各々が為すべきことをなさんとする前の、僅かな逢瀬に垣間見せた、ルークとセシリーがそっと抱き合い、離れてじっと見つめうシーンを見たとき、この二人の関係はもう否応なく深く深く成熟した愛情で結ばれたそれへと昇華してしまったのだな、と物悲しい感慨とともに確信してしまった。
深い愛情で結ばれること自体は悪くはない。でもね、まだ若いふたりなんだ。もっともっと、お互いのことを考えるだけで心が弾み、思わずにやける顔が戻らなくて、相手の前で見せてしまう自分の言動に赤面し、と言った嬉し恥ずかしな、かけがえのない幸せな時間が与えられて然るべきなのに。深い愛情で結ばれるまでに、二人でゆっくりと積み上げて行く思い出が、優しく穏やかな思い出が、あってしかるべきだったのに。
二人にはそれを築いていく時間が与えられなかったのだと思うと、なんだか悲しくなってしまったのだ。
それは、二人があまりにも大きすぎる試練を乗り越え、生き延びたその先に、再び取り戻せる時間なのかもしれないけれど、それが叶うことをただただ願うのだけれど。
今はただ、この物悲しさをなんども咀嚼して味わいたい気分だ。

そう、時間は刻々と過ぎて行く。タイムリミットは近づいている。世界の、セシリーたちの街の、そしてルーク個人の、さらにはアリアの……。
セシリーは、既に承知のヴァルバニルの事だけではなく、ルークのことも、もしかしたらアリアの事すら無意識に感じ取っていたのかもしれない。だからこそ、もっと強く、もっと強くと貪欲に強さを追い求め、実際に着実に強さを手に入れていったのかもしれないなあ、と加速度的に際限なく強くなっていくセシリーの鬼気迫る姿に、そんな考えを抱いてしまった。
まだ暗殺者だった頃のヒルダに、一対一の対決で圧倒されてしまったのはまだそんなに昔の話ではなかったはずなのに、今やセシリーの剣腕にヒルダは一対一どころか同僚ヘイゼルとの複数での同時対戦ですら、歯牙にもかけられない。ヒルダが弱くなったわけではないのは、後半の獅子奮迅の働きを見れば、むしろ刺客時代の頃よりも腕は上がっていることがわかるだろう。
まだ都市での決戦の時の活躍を見た時では、魔剣アリアの力あっての強さだと思っていたけれど、彼女の強さは既に魔剣を持たずして魔剣を持っている時の領域へと近づこうとしている。
それは、逆説的にそれだけの強さが無いと何も守れないと、悟ってしまったからではないだろうか。
セシリーが強くなればなるほど、彼女の運命の過酷さがより際立って伝わってくる気がする。
それでも、もうこの子は止まることはないんだろうなあ。もう迷い躊躇い恐れる段階を、この子は主要キャラクターたちの中で一足早く走り抜けてしまったのだ。あとはもう、一直線に進んでいくだけだ。
彼女はもう、ルークに頼らなくても、ただ一人で「ヒーロー」たるを果たすことができる。
となると、彼女を先導して導くような立ち位置だったルークは、逆に彼女の置いてけぼりをくらわないように、彼当人の抱え込んでいる負債を払い終えなくてはならなくなったわけだ。
ルークも、そしてユーインも大変だ。女たちは、男たちを決して待っていてはくれない。当然、自分よりも前に出て運命に打ち勝つ未来へとエスコートしてくれるのだと信じきっている。その想いに応えるためには、もう命を張らなくてはならない領域へと至ってしまっているのだから。
大変だけれど、でも男冥利に尽きるんだろうなあ。

そして、魔剣へと戻れなくなったアリアに課せられた非情の運命。このシリーズって、セシリーはヒロインであると同時に、主人公そのものなんですけど、ルークたちが介在しない場面では、セシリーとアリアって女同士の親友とか、戦友とか相棒とかいうよりも、完璧にセシリーが男役、アリアが女役の主人公とヒロインのカップルだよなあ。
アリアのセシリーへの想いってのは、恋愛感情以外のすべてが一杯いっぱいに詰まった、とてつもなく大きくて密度が濃くて果てしないものとして伝わってくる。ひとりの人間に、これほどの想いを抱けるのかというほどの。
そんな二人の、とても特別な人間と魔剣の関係を、傍から見て受け止めるキャラクターもしっかりと出てきているのは構成に隙が無い、というべきか。

刀鍛冶と話としては定番であり、絶対的なアイテムである隕鉄の話も出てきたし、ルークの行き詰まった聖剣製作も、どうやら次の段階に至るためのエピソードへと踏み出したみたいだし、そろそろ絶望の向こう側に希望が見えて来て欲しいところだ。

シリーズ感想