くるくるクロッキー (電撃文庫)

【くるくるクロッキー】 渡部狛/茨乃 電撃文庫

Amazon
 bk1


去年の暮に出版された作品。もう二巻が先月に出てたので、急いで注文した。うん、つまりは二巻を慌てて買うくらいには、自分にとっては面白かったということ。やはり師走は色々と物入りで、海の物とも山の物ともつかぬ新人作品は手を出しにくかったのと、タイトル、あからさまにユルそうなタイトルのお陰で、中身もどうせユルユルなんだろうなあと思ってしまって、今まで手出ししてなかったんですよね。
ところが、読んでみるとこれがイメージとかなり違って、けっこうソリッドな内容だったんですよね。ユルい部分もあるにはあるんだけれど、ユルいというよりもこれは斜に構えたような惚けたテンポで媚びた感じは欠片もない。むしろ、主人公含めた登場人物へのアイロニカルな雰囲気を感じる。
けっこう評価が割れているみたいだけれど、自分としてはこの乱暴、というべきか、感性を優先させた蛇行しまくる文章はえらくダイレクトにシナプスをビシビシと刺激してくれるので、むしろ大好物である。面白いのは感性任せに書いているにも関わらず、登場人物に移入しすぎず、酔っ払ってもいないところなんですよね。倫理を踏み外したところにある人の業と、それに囚われ耽溺するキャラたちを突き詰めて書いているのに、その善悪正否については偏らずにフラットな視点で書かれている。この淡々とした立ち位置は非常に興味深い。さらに言うと、執筆者がこのスタンスだからこそ、主人公の在り方に凄味が出ているのかもしれない。
この主人公、或瀬の特異なところは、狂人としての部分とまともな人間としての部分が反発せずに並列しているところか。或瀬は、ちょっと冷めているのが目立つくらいで、考え方の概ねがまともなんだけれども、絵を描くことに関しては完全に頭の配線が一本千切れてる。道理を解しないわけじゃない。世の中の倫理を解し、まともな人間としての正気を有し、善意も罪悪感も人並みに持っている。でも、それらを遥かに上回る形で、彼にとっては絵を描くことは至上なわけだ。
ラストで彼のスタンスを否定する人物との論戦のシーンでは、或瀬の持つ業と彼がそれを全く自分の存在意義として飲み干している事が浮き彫りになり、大いに唆られた。画狂と自称する彼の業は、ある意味魔性と呼ぶべきものなのかも知れない。鳴歌はきっと、その魔性に魅入られてしまったのだろう。人を振り回すことが大好きな女王様気質の彼女をして、逆らえないほどの一途で脇目もふらない人の業。恐ろしいものほど、蠱惑的ということだ。もっとも、彼女はその魔性を御せる気満々、というか制御するつもりはないか、彼の業をもう自分のものとして美味しそうにペロリと平らげようとしているところが、このヒロインの面白さ。先述して女王様気質と言ったけれど、彼女の場合は他人を自分のペースになんやかんやのうちに巻き込む超々ワンマンマイペース気質というべきなのかもしれない。案外、ムリヤリとか強引に、とか乱暴な事はしてないもんね。自分の思い通りにならないからって癇癪起こすわけでもないし。ただ、結果的に誰もが彼女のペースに巻き込まれている、と。そのへんが顕著なのが、或瀬の妹の道流か。この妹と鳴歌の掛け合いは妙に面白かった。兄にちょっかい掛けてくる女に対しての妹の対応というのは、大概大いに敵視して攻撃か、手懐けられて変に慕っちゃうかというパターンが多いんだけれど、この二人の場合、突っかかる道流をその時の気分で適当にあしらうか猫かわいがりするか、という気分屋の鳴歌、という感じで、いい具合に振り回されて目を回してる道流が可愛いやら面白いやら。ブラコン妹のわりに変にエキセントリックでもなく、けっこう普通の娘というのもポイント高い。

なんにせよ、なんかこう、全体的にツボにハマってしまった。けっこう乱暴な仕立てであるのは間違いないので読む人を選ぶ向きはあるけれど、私は大いに気に入ってしまったのでした。