エアリエル―緋翼は風に踊る (電撃文庫)

【エアリアル 緋翼は風に踊る】 上野遊/夕仁 電撃文庫

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【銀鎚のアレキサンドラ】2巻以来の久々の上野さんの新作。もう二年ぶりになるのか。
しかし、この人のボーイ・ミーツ・ガールの雰囲気はデビュー作から変わらず一貫していて気持ちがいい。【彼女は帰星子女】【銀鎚のアレキサンドラ】、両方共にそうだったんだけれど、上野さんのボーイ・ミーツ・ガールは見知らぬ男女が突然同じ生活空間に暮らすようになり、プライベートを共有することになる事への戸惑いや不安感、相手との距離感が掴めない事への居心地の悪さ。そういったものをちょっとずつちょっとずつ、日々の交流を通じて解消して行くところにあったのでした。それは、この【エアリアル】でもきちんと引き継がれていて、マコトとミリアムを取り囲む環境や情勢はそれはそれとして踏まえた上で、物語の主題は、この初めて出会った他人同士二人が辿たどしくお互いの距離を埋めていき、同じ世界を共有し、同じ空を見る事なのだときっちり見定めている。このブレの無さこそ、作品の安定性や物語の質の高さを維持する要因なんだろうなあ。逆に言うと、それがまた作品の地味さを誘引してしまっているのかもしれないけど、この丁寧で質実なところこそ作者の長所だと思うのでなんとかこのまま行って欲しいところなんだよなあ。
ヒロインのミリアムもまた、これぞ上野ヒロインと言ったキャラクター。勿論、性格は前シリーズまでの子らとは違うんだけど、魂は一緒というかなんというか。表面上の頑固さの裏にある触れれば割れてしまいそうな脆さ、強気な態度とは裏腹の臆病さ、我武者羅さに覆い隠されている細やかな繊細さ。表面上だけ見ていては、また色眼鏡越しで見ているだけなら分からない少女が被った殻の奥、最初はそんな彼女の外側しか見ていなかった主人公が、真剣に彼女と向き合ううちにその内面に気が付きだし、内と外のコントラストによって築かれる彼女の本当の魅力に引き込まれて行く。これぞ見事なまでの良質なボーイ・ミーツ・ガールじゃないですか。
いやまあ、初対面でヒロインにあんな事をしでかす主人公がなんのボーイ・ミーツ・ガールだよ、と思わないでも無いけど。普通、捕まりますww
舞台がイタリアモデルの国であり、この国の男性は息を吐くみたいに垂らし文句を垂れ流すのだと作中にもしっかり書かれているにも関わらず、ミリアムが今までマコトに言われたみたいなセリフを言われたことがない、というのも変な話なんですけどね。

今回は世界観もなかなか素晴らしい。時代はおそらく第一次世界大戦後を想定したもの。地域は多分、イタリア方面? 潮の匂いのする牧歌的な人々の賑わい、街の雰囲気は日本のそれとは違う異国情緒があるんですよね。【紅の豚】がやっぱり一番に脳裏に浮かぶ。しかし、反政府勢力「レヴァンテ」が台頭している情勢は、それだけ富国強兵に突き進む国家の強硬な姿勢が時代の行先に影を落としつつある空気を伝えてくれる。
とはいえ、読んだ限りでは女性宰相ディーナ・フォールトが推し進める国策は、強硬ではあっても無茶苦茶ではないんですよね。国民に負担を強いるものではあるけれども、時代背景を考えるなら、全体主義やファシスト的なものを想起させるような乱暴なものには見えない。少なくとも、作中で語られたものだけなら。
ミリアムの実家の航空機会社を襲った悲劇は悲劇だけど、あの時代の航空機産業の選定競争は凄まじいを通り越してえげつないものがあったからなあ。こういうケースは決してなくはなかったはず。
だからこそ、「レヴァンテ」側に何のヴィジョンもない事が少々危ういんですよね。今のまんまだと現状に不満を抱いて暴発しているテロリストに過ぎないように見える。続きが書かれるならこのあたりのことをしっかりとして、「レヴァンテ」側に歴とした正義が在ることを示さないと、先行きけっこう難しいことになるんじゃないだろうか。