不堕落なルイシュ (MF文庫 J も 2-6)

【不堕落なルイシュ】 森田季節/伊東ライフ MF文庫J

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「兄さんは無価値です。まるで犯人のわかっている推理小説。まるで砂漠の中の船。まるで諸葛孔明の退場した後の三国志。まるで穴のあいたコン○ーム。それから――」優等生で名門の出である神倉ミタマは、心優しい同級生・贄川那智に恋をしている。しかし、ある日那智は足に重症を負ってしまい、この社会の決まりによって「処理」されることが決まってしまう。那智を救うことのできる唯一の手段「弱者保護権」。その権利を持つ姉・珠花に会うために、妹・涙珠の協力を得て家を飛び出したミタマだったが、珠花はしばらく見ないうちにとんでもない人物になってしまっていて――。

面白いもので、独自の作風を持つ作家という存在は、概ねその作風を織り成す方向性など、あらゆるものがプロトタイプとある作品に敷き詰められている事が多い。まだ調理技術が確立されきっていないからこそ、扱われる素材が原型に近い形で転がっているのだ。
ゆえにか、その作家が話を生み出すにおいての、根底となる部分が分かりやすい形で目に見えるケースがある。
さて、この【不堕落なルイシュ】という作品は、あとがきによれば筆者が初めて書いた小説が元になっているらしい。それも、天啓によって発想させたものだそうだ。
言わば、森田季節の剥き出しの骨格と言っていいのかも知れない。なるほど、言われてみると最近の桜木メルトの恋禁術や原点回帰ウォーカーズと比べるとメソッドが明らかに異なり、ビター・マイ・スウィートシリーズよりも無骨で剛性が強い作品の表情は、現在よりも初手に位置するものと考えるほうが易い。
ならばやはり、この作品は以降の森田季節作品へと派生していく原点なのか。
この作品を読んだときにカンジタ私の第一印象は、安心感を抱かせる気持ちの悪さ、スッキリする不安定さ、という一考して意味不明のアンビバレンツなものだった。
すなわちこの作品、フォーマット……様式はあからさまなくらいに異常で気が触れているんだけれど、そのフォーマットに沿って書かれている内容が、なぜか真っ当なくらい常識的で良識的で普遍的な愛の物語なんですよね。世界観が常軌を逸している上に、登場人物の多くが突飛でエキセントリックだから騙されそうになりますが、彼らが語り実践する愛は狂っている訳でも異常でもなく、乱暴ではあるけれども過剰ですらない。深く濃いものではあっても、本当に普通の愛情なのです。母を愛し、兄弟を愛し、子供を愛し、恋した人を愛する。ごくごく当たり前の愛情の発露。
愛は普遍。どれほどおかしな世界や法則やルールに縛られた舞台でも、どれほど奇怪で奇矯で変態的な登場人物が配役されていたとしても、愛だけは普遍。
思えば、この人がこれまで描き上げてきた作品は、そのどれもが突き詰めれば<愛の讃歌>だったのではないでしょうか。
そして、この物語において、妹・涙珠は何を以て人を堕落したと指摘するのか。
家族を疑い信じられぬことを堕落と糾弾し、兄と恋人との愛を疑い蔑んだ自らを堕落したと嘆く彼女・ルイシュ。
そして、この物語のタイトルは【不堕落なルイシュ】。
ならば、この物語が示唆しているもの、筆者の原型がどこにあるのかは自明のものと捉えられはしないだろうか……。


などと言う事を考えながら読んでいたわけではもちろんなく、お姉ちゃんの喋りおもしれえけどこれ考えるのめちゃ時間かかるだろう、それとも素ですらすらとこんな言語が出てくるのかすげえ、あほだ。とか、主人公の超マニュアル人間スベシャルのおかげで濡れ場の真実に腹抱えて大爆笑、とかずいぶんとお気楽に読んでました。
言うほどダークではなかったよなあ。読んでる途中も、咀嚼したあとも、そういう風にはウケなかった。悪趣味ではあるけれど、趣味は悪くはないと思いますよ。少なくともグロテスクではない。むしろ気持よく読めるのは、登場人物のキャラクターは異常ではあっても、人間性はひどくまともだからなんでしょうねえ。
ちょっと最近の作品はレーベルの傾向に引っ張られすぎて、独特の雰囲気、筆者の個性や長所が台無しになっていた気がするので、こうして強引にでも引き戻したのはよかったんじゃないかなあ。楽しかったし。
あとはもう一度、この素材を以てして、あの度肝を抜かれ魂を震わされた【ビター・マイ・スウィート】シリーズの驚嘆を、もう一度味わわせてほしいなあ。
と、それにはまず同月発刊の【ともだち同盟】を読むのが一番手っ取り早いのかもしれないけれど。

イラスト、カラーと挿絵ではだいぶ印象違うのが驚いた。カラーの方は色合いからして淡いタッチなんだけれど、挿絵の方はむしろシャープ。挿絵、眼力もあるし、ラインに色気があるのでかなり印象的。エロゲの原画の人なのかー。