レンタルマギカ 白の魔法使い (角川スニーカー文庫)

【レンタルマギカ 白の魔法使い】 三田誠/pako 角川スニーカー文庫

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まさか、前回の<銀の騎士団>との魔術決闘(フェーデ)ですら布石に過ぎなかったってのか!? まいった、これはまいった。想像を遥かに上回るスケールで、事態が進展していく。協会出向となってしばらくアストラルやいつきから距離を置いていた穂波や猫屋敷が戸惑うのも仕方がない。それくらい、伊庭いつきは見違えてしまった。元々臆病なところはあっても、やるときはやるカッコイイ主人公だったのだけれど、これまでとまるで地平そのものが違ってしまっている。彼が今まで立っていたステージと、今彼があがっている舞台とでは根本から異なっていると言っていいかもしれない。
作中にもこんな表現がある。

かつての伊庭いつきが、難度の高い詰め将棋を必死でクリアしていたのなら、今のいつきはゲーム盤そのものを自分でつくりあげる。

そう、勝つための方法を模索し手繰り寄せるのではなく、勝つためのルールそのものを自ら編み出そうとしているのだ。前回の思いがけない新生アストラルの強力さを見せつけられて、スゴイスゴイとはしゃいでたのが恥ずかしいくらいである。

極東の弱小魔術結社に過ぎなかったアストラル。ゆえに協会のゴリ押しによって一度はいつきは禁忌認定され抹殺されかかり、絶体絶命の危機から何とか逃れたものの、いつきの目の中にあった秘蹟は回収され、ゲーティアとの親交は解消され、アストラルの主戦力だった穂波と猫屋敷はアストラルを守るために協会に身を差し出し、アストラルは完全に無力化されてしまった、と思われていたのを見事に覆したのが前巻の内容。
着実に仕事をこなすことで階位を押し上げ、<銀の騎士団>とのフェーデに勝利し、かの強大な魔術結社と親交を結ぶ事に成功したアストラルは協会内で無視できない存在感を示すことができたのだけれど、それでもまだこれはいつきにとってとっかかりに過ぎなかったわけだ。彼の考えていたことは、協会内の立場云々で済む話じゃなかったんだな。
本当に、今回は度肝を抜かれた。

ダリウス・レヴィの目からしても、すでに伊庭いつきは自分と同じ地平に立つプレイヤーのひとりに相違なかった。

あのどうしようもない怪物、ダリウス・レヴィ。魔法使いとしてではない、協会の実質的な最高権力者としてのとてつもないスケールを持ったあの男、初めて出てきた時には太刀打ちどころかまともに意見すら出来ないと思わされる威圧感、人物の巨大さに圧倒されたものだけれど、その彼にここまで言わせるようになったのか、いつきは。
かつてのいつきは、魔法使いではない身でありながら、アストラルの社長として魔法使いたちと接するうちに、ひとつの理想を抱くようになる。でも、その理想を実現するには彼はあまりにも無力すぎたんですね。伊庭いつきという人間の持つ魅力は、希望を持たない魔法使いにすら未来への光を垣間見せるほどの強い力を持っていたけれど、それでも彼の率いるアストラルは、魔法使いたちの世界において、その力を封じられてしまったわけです。
理想を貫くには、人に話を聞いてもらうには、まずこちらに振り向かせる力を、耳を傾けてもらえるだけの力を持たなければならない。
伊庭いつきは、力を必要とし、力を欲し、見事にそれを叶えてみせたわけだ。しかも、かつて赤い瞳の秘蹟によって発揮していたような個人の性能としての力ではなく、巨大な組織そのものを、社会全体をすら動かすための力を、手に入れてみせたのです。
クライマックスでの<螺旋の蛇>、そして<協会>による権謀術数を駆使し才知の限りを尽くした大どんでん返しの応酬だけでも圧巻で、圧倒されまくっていたというのに、最後の最後のいつきの手管が炸裂したときには、あの言葉が発せられたときは本当に絶句してしまった。
この少年、いったいどこまで大きくなるというんだろう。もはや、彼の持つスケールは三極の頂点の一角をなすほどになってしまった。でも、穂波たちが言うように、アディリシアが愛惜しむように、いつきは変わったけれど、変わってないんですよね。彼の一番大事な部分は何一つ変わらず、その優しさと柔らかさに断固とした強さと意志が備わり、そしてそれが発揮される方向性が明確になったことが、伊庭いつきという人間にここまでのスケールが生まれる要因になったのだろう。
いやあもうすごいや。すごいとしか言えんわ。

そして、ついにあの男が。彼の存在がいったいこの混迷極める魔法界の道行をどう位置づけることになるのか、これもまったく想像もつかないので、ほんと先行きがまったくわからん!

シリーズ感想