おやすみ魔獣少女  暗黒女神の《領域》 (角川スニーカー文庫)

【おやすみ魔獣少女 暗黒女神の《領域》】 川人忠明/紺野賢護 角川スニーカー文庫

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主にソード・ワールドなどのシェアード・ワールドのノベライズを手がけていた川人さん。世界観から何から全部オリジナルの作品はこれが初めてになるのかな。
領域魔術師や王威の花といった華々しいまでの派手な異能が散在する世界観ながら、どっしりと腰の座った正統派の中世ファンタジーとしての重量感を感じるのは、やはりあの傑作【ダークエルフのくちづけ】を手がけた川人忠明の腕前なのか、逃れがたい性なのか。
むしろこれまでよりも華やかで軽やかで今様のファンタジーを試みていた節もあるんですよね。ヒロインのエストの快活で前向きな性格や、従兵召使のミビの主を主とも思わないイイ性格、そんな彼女らと丁々発止の掛け合いを繰り広げるスハイツ。他にも、登場人物の多くはキャラクター性を重視した今様のライトノベルらしいキャラとして立っている。
ところが表層的にはそういうキャラでも、本質的な部分はやはり毛色が違っているのである。その中世風ファンタジーの重々しさを漂わせるのは、その荒涼とした死生観にあるのではないだろうか。象徴的なのが、エストがその身のうちに魔獣を飼った場合、魔獣に生命力を食われて間違いなく早死する、と説明された時の決然とした答え。彼女はそれまで冬の厳しい山奥の寒村で暮らしていたのだけれど、そこでは毎年のように冬には凍死や餓死、不慮の事故で一家丸ごと全滅するような悲劇が繰り返されているわけです。そんな日々の生活に当たり前のように横たわった死を見据え、自分は今まで天寿を全うした人など見たことがない。穏やかな死に顔なんて見たことがない。だから、多少命が削れて早死するなんてなんでもない。そう言い切るのです。
彼女は特に貧しく環境の厳しい村で暮らしていたからこそ、死の恐ろしさと身近さを身を持って知っていたわけですけれど、それはでも彼女に限らないのです。この時代、人は何でもないつまらないことで、簡単に死んでいく。それだけ、死が近しく慣れ親しんだ時代。とはいえ、死に慣れてはいても、死に無頓着なわけではない。むしろ、死が近しいが故に、懸命に生きようとする人々の世界と言ってもいい。簡単に死ぬからこそ、必死に生きようとする世界。
それが重厚で寡黙な迫力となって、充ち満ちているのではないでしょうか。
とにかく、敵も味方も、死ぬ覚悟と生きる覚悟がそれぞれ半端じゃないんですよね。それは同時に、敵を殺す覚悟、味方を殺す覚悟、自分を殺す覚悟、そして他人とつながる覚悟にも繋がっていて、戦争での殺し合いに痛切な悲壮感を付与する形になっている。
ひとりだけ、作中にそうした覚悟らしい覚悟を持たない登場人物がいるんですが、そいつに対して猛烈に嫌悪感が湧き上がってしまったんですよね。別に卑劣だとかやり方が汚いとかは問題じゃなく、その自分だけ高みに居座り、覚悟もなく遊びのように事を構えている姿が、むちゃくちゃ腹立たしかったんだよなあ。
なんにせよ、この死が近しく、多くの人が自然と覚悟を持って生きている世界。川人さんの描く世界というのは、結局オリジナルになっても夜の闇のイメージが色濃く映しだされているような気がする。挿し込むのはぼんやりとした月の光だけの、ほの暗い闇に満たされた暗い夜。
でも、エストも、ミビもスハイツも、それぞれに大きな痛みと傷、喪失を抱えながら明るさを失わないんですよね。この人達は、痛みに押しつぶされず、このまま明るく居て欲しいな。彼らの明るさは、時としておちゃらけてみえるような掛け合いもあって、軽々しく見えるかも知れないけれど、その根底には揺るがぬ芯の通った覚悟が備わっているのだから。
その夜は光の見えない暗闇かもしれないけれど、何故かその夜闇は安らかで、眠りを誘うように温かい……。