カンピオーネ! 7 斉天大聖 (集英社スーパーダッシュ文庫)


【カンピオーネ! 7.斉天大聖】 丈月城/シコルスキー スーパーダッシュ文庫

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魔王集結!
天に斉(ひと)しき神を滅するため、大地に降り立つ三人の魔王。
少女の姿を身に纏うまつろわぬ神はそれさえも切り裂くのか!

祐理の妹・ひかりの身体をのっとったまつろわぬ神、斉天大聖・孫悟空。
日光の街を自らの王国へと変貌させる神に対し、羅濠教主との戦いで既に満身創痍の護堂に打つ手は!?
そして、ついにこの地に姿を現す第三の魔王、ジョン・プルートー・スミス。
冥王が護堂にもたらすものは勝利か破滅か!?
神と魔王が相討つ戦いがいま全てを薙ぎ払う!!

護堂さんは、もう格が違うよ! 次元が違うよ! 凄すぎる、何この人もう凄すぎる!!
主人公としてこの人、もはや余人が登れないような高みへと立ってしまった、と言っても過言ではないのかもしれない。
そしてなにより……護堂さん、ついにハーレムを完成させてしまいやがったーーっ!!
将来の話じゃありません、確定に近い未来の話でもありません、まさかまさか、いくら護堂さんでも、と思っていた自分はまだまだこの魔王を甘く見ていたのでしょう。護堂さん、この巻で本当にハーレムを成立させてしまいましたよ!!
これは、あのエリカですら想定外だったでしょう。彼女の発言を見る限り、今はまだ準備段階であり、将来的に形成されるであろうハーレムの主導権を握るべく立ち回っていたのは明らかなのですから。
それが、「少年」の権能の効果があったとは言え、護堂さんの周りに集った乙女たちはあの宴を境にこれまでとは決定的に変質してしまったわけです。何が変わったか、というと護堂さんの主体性ですね。これまでは、エリカを含めて、リリアナ、祐理、恵那の四人は言わば彼女たちの意志と都合によって護堂さんに侍っていたわけです。護堂さんは彼女たちを大切な友人として扱ってはいたものの、自分の都合を彼女たちに押し付けるような事は嫌がっていたわけです。
ところが、この巻において護堂さんはついに、自分がカンピオーネとして何をどうしようと厄介ごとが降りかかってくる宿命にあることを受け入れ、その厄災に彼女たちを自分の都合で巻き込む覚悟を決めたわけです。それは、彼女たちの生死も含めた全てに護堂さんが責任をもつということ。彼女たちを丸ごと受け入れるということ。彼女たちに自分の為に生き、自分と共に死ねと誓わせること。無論、もうとっくに彼女たちは護堂さんにその生涯を捧げていたわけですけれど、これは護堂さんがこれまで受け取ろうとしていなかった彼女たちの誓いを、ついに受け取り、自らも誓いとして返した事になるわけです。
つまり、護堂さんがあとでどう言い繕おうと、お前らみんなオレの女だ! と誓ったも同然。
やたらと女の子に好かれて周りに女性が集まるハーレム系主人公は昨今珍しくないですけれど、ここまで明快に全員引き受けた主人公って初めてじゃないだろうか。
ただ、これほどの男には侍る女の方も並みの女じゃ付いていけないんですよね。護堂さんの器に収まるには、女性の側にも相応の器というものがなくてはならない。少なくとも、普通のラブコメなら王道と言っていい対応をしていると、あっさりと弾かれてしまう。これは、護堂さんのところに押しかけていた当初のリリアナが実証してしまっていて、途中で護堂という男が自分の常識の範疇に収まらないことに気づき、アプローチの仕方が間違いだったと方針転換するまでの一時期、リリアナは本当に立場がなくなりかけたのです。また、幼なじみの徳永明日香に代表されるように、普通の一般女性はまるで相手にされてないんですよね。いわゆるツンデレさんの類や、積極性に欠ける者、恋愛とは自分の好意とともに都合や願いを押し付ける事だと思っている者。自分が与えるものに対して同等以上のものを返してくれるのが当然だと思っている者。これらは、普通のラブコメものなら、当たり前のキャラクター性なのですが、このカンピオーネでは一切通用しないのです。
あのわがままで自分勝手に見えるエリカですら、実際は絶対的と言っていい献身を以て常にその行動原理は護堂の為という一点に基づいている。
護堂さんもパねえんですが、エリカたちもまた、その超絶極まる護堂さんに相応しいと言うべき凄まじい女たちなんですよね。
でも、それが故にみんな個性的すぎるくらい個性的な面々だっただけに、エリカが強かにまとめていたとはいえ、エリカから主導権を奪おうとするリリアナに、祐理と自分を特別目をかけてもらおうと図る恵那の参戦によって、完璧と思われていたエリカの統制にも徐々に綻びが生まれてたんですよね。
それが、護堂がついに四人を受け入れ、彼女らの王であることを示したことで、彼女たちは護堂の下にまとまるのです。
これをハレムと言わずして、何をハレムというのでしょう。
というか、途中の展開が尋常じゃなくエロいんですが(汗
以前にエリカと交わした軍神ウルスラグナの「少年」の権能。加護の力を分け与える力。殆ど擬似的なセックスとしか言いようのないものを、今回は……ちょっ、なにこのエロゲ!(笑
マジでこれ、5Pじゃないか!ww
このシーンだけ見たら、絶対ヤッてるようにしか見えないから!!
うおおっ、ものすごいものを読んでしまった。この作品、キスシーンだけですらやたらとエロいのに、もうこのシーンはえらいことに。ドえらいことに。
でも、順位はつけないと仰ってる護堂さんですが、珍しくエリカが愚痴って拗ねた時の、少年の権能を顕現させて曰く素直になってる状態の護堂のセリフを見ていると、エリカは特別なんですよね。護堂がちゃんとエリカの事考えてくれていて、ホッとしましたよ。

その護堂さん、覚悟を決めたのは女性陣への対応のみならず、カンピオーネとしての在り方もそうなんですよね。これまでおそらく彼自身の中でもはっきりとしなかったものを、今回の斉天大聖が巻き起こした事件をきっかけに、明確に言葉として示してくれました。
「迷惑な神様がいて、俺にしか倒せないから俺が戦うのはいいんです。かまいません。でも、俺の力は俺だけのものだ。誰かの自由にさせるつもりはない。俺が気に入らないことに使う気はないし、そのことに文句を言われても聞く気もないんです」
「女の子ひとり見捨てて、もっとたくさんの人を助ければいいとか言うヤツは、自分で神様と戦えばいい。俺の知ったことじゃない。でも、俺にどうにかして欲しいなら、俺の流儀に合わせてもらう。要はそれだけの話しです。他人の力を当てにするのなら、四の五のうるさいことを言うなってことですよ」

万を救うために一を切り捨てる。その非情にして冷厳な現実を前に苦悩し、或いは現実を綺麗事で塗りつぶして押し通るのが常の中で、見てくださいよ、我らが魔王の物言いを。正義を語るでもなく、理想を押し付けるのでもなく、俺は俺のやりたいようにやる、周りの意見など知ったことか、という断固とした傲岸さを。
なぜカンピオーネが、神殺しというだけでなく「魔王」と呼ばれるのか。その理由であり本質を、今回護堂さんはもう全開で魅せつけてくれましたよ。これはもう、確かに「魔王」と呼ぶほかない。たとえ護堂さんが常識人で平和主義者だったとしても、彼は間違いなく「魔王」だ。それも、統治する「王」ではなく、ただただ君臨する「王様」なのだ。君臨するだけの王など、それこそ「魔王」としか呼ぶ他無い。

恐るべきは本作今巻、この常軌を逸した「魔王」が三人も集まっている事だろう。草薙護堂、羅濠教主・羅翠蓮にジョン・スミス・プルートー。そして相対するは、斉天大聖・孫悟空。そして彼の義兄弟である猪八戒と沙悟浄というオールキャスト。ただし、さすがは神話を抉る【カンピオーネ!】である、八戒と沙悟浄も、西遊記でおなじみの妖怪としては登場しない。各地の伝承に残る紛う事無き神として顕現するのだ。地上に落とされる前の天界の神将としての二人はまあ見たことあるけれど、猪剛鬣とか深沙大将という本物の神格として登場したのを見たのは初めてだ。
そして、その強さもまた神様の何相応しいデタラメっぷり。自分、ここまですげえ猪八戒と沙悟浄って見たこと無いよ。大本命の斉天大聖も、同姓同名の某漫画の主人公ともガチでやりあえるじゃないかという凄まじさ。これ、史上最強の斉天大聖なんじゃないのか? 正直、この斉天大聖なら、お釈迦様相手でもガチに張り合えそうだぞ。こんな三柱を三蔵法師はどうやって従えていたというんだろう。
これまでの神様やカンピオーネとの戦いも相当だったはずなんだが、この7巻の一連の大激戦はもう最初から最後まで開いた口がふさがらない、もう表現するすべも思い当たらないとんでもないスケールと迫力と緊迫感で綴られていく。それでいて、決して力押し一辺倒ではないのが【カンピオーネ!】なのである。斉天大聖がなぜ「鋼」の眷属であり、剣神として封じられていたのか。斉天大聖という神格の由来を紐解いていくおなじみの神話の解体は、今回も非常に興味深く面白かった。竜という存在の原点もそうなんだが、このシリーズはこちらの知識欲を心地良いほど満足させてくれるので、毎度毎度たまらない。まだまだ省かれた薀蓄もあるようなので、そういうのもちょっと読みたかったなあ。
その権能がすべて明らかになった軍神ウルスラグナの力ですが、これも権能それぞれの戦術的な運用に、効果の研磨、さらに天叢雲剣による権能の改変と、手の内をすべて晒したと思われた護堂がまだまだ進化していく事がわかり、戦闘シーンもパターン化するどころかどんどん高度化&ど派手化していって、もう面白くて仕方ない。

そう、肝心の懸案。護堂の女たらしは果たして同じカンピオーネにも通じるのか否か、という前巻その可能性が示唆された、背筋も凍るようなあの懸案も、それはもうばっちりと答えが出されてしまいました。
護堂さん、性別が女なら神だろうが神殺しだろうが関係なしだ!!
翠蓮さん、もう笑っちゃうほどのデレっぷり。あの天上天下唯我独尊の権化みたいな人がどうやってデレるのかと思ったら……そうきたかーー! エリカたちとは護堂との関係性や繋がり方が根本から異なる彼女がハーレムに加わるのはどうも違和感があったんですよね。ハーレムに入るということは、護堂さんに尽くすという意味にも繋がるので、目上にあたる翠蓮が加わるのはどうにも無理があったわけです。
なので、あの措置は絶妙と言っていい塩梅で、心底感嘆させられた。なにしろ、彼女の登場した時の途方も無い存在感や品格をいささかも劣化させること無く、羅濠教主・羅翠蓮のままで護堂の絶対的な味方にしてしまったんですから。あれなら、翠蓮さんが護堂をどれだけ可愛がろうと慈しもうと世話を焼こうと、ハーレム入りじゃないもんなあ。
翠蓮の、あのどうしようもないというかどうにもならないハチャメチャな性格をどう扱うのかと思ったら、護堂さんってば割と早々に羅濠教主の操縦法を習得してしまいましたし。護堂さん、自分のハーレムの女の子たちには振り回されっぱなしのくせに、なんで一番危なそうな翠蓮さんはそんな易々とあしらえるんだ!?(笑
ジョン・スミス・プルートーの方も、アニーの時はともかく完全に護堂のことお気に入りになっちゃったみたいだし。
まだJSの方は状況如何によって立場も変わるかもしれないけど、翠蓮さんは何があろうと護堂の味方になってくれるでしょうし、あのネコ可愛がりっぷりからして、護堂がピンチに陥ったらどこからでも飛んできてくれるんじゃないだろうか。あの危険察知の方術、あれっきりで効果が切れるとは一度も言ってませんしねぇ(苦笑

しかし、神殺しですらこれですよ。こりゃあ、護堂さんにかかれば神様だってイチコロなんじゃないだろうか。実際、アテナなんか随分怪しいですし(笑

今回の護堂さんは確変状態だったらしいですが、彼の常識人にして平和主義者という表の顔に隠されて見えずらかった、草薙護堂の魔王たるの所以を明瞭かつ護堂さん自身が意識的自覚的に全面に押し出してきた、ある意味ターニングポイントとなる巻でしたね。女性陣との関係性も、ひとつの山場を超えたという感じですし。
とにかく、戦闘から主人公の在り方から女性関係から、何から何まで今までで最大規模のド迫力ど派手な展開が目白押し、というとんでもなく贅沢な、大満足な傑作回でありました。
超絶面白かった前回が、文字通りに前フリに過ぎなかった、と言えばそのとんでもなさが多少なりとも伝わるでしょうか。
ああもう、むちゃくちゃデタラメに面白かったーーーー!

シリーズ感想