羽月莉音の帝国 3 (ガガガ文庫)

【羽月莉音の帝国 3】 至道流星/二ノ膳 ガガガ文庫

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ここに未来の姿を打ち立てる、つまりはこれも「丘の向こう側」を望まんとする作品だったのだ。

莉音倒れる! 不在のまま TOB 天王山へ──。
「革命部は、日本政府を転覆します! 私たちが世界の旧態依然とした国々へ引導を渡してやるのです!」……テンパって記者会見場でそんなことをブチあげてしまった俺。企業買収となんの関係もないアレな演説に、観ていた全員が凍りついた。死にたいくらい恥ずかしい……と、自宅に引きこもろうとする俺を莉音は無理やり引っぱりあげ、資金調達のためにアメリカに向かうことに。しかし、なんと莉音が倒れてしまう! 俺たちは莉音抜きでアクアスに勝たねばならない……でもどうやって? ますますインフレする経済ライトノベル第3弾!
戦争は政治の延長上にある一手段に過ぎない、というのはよく言われる言葉でありますが、ここで行われている革命部の経済活動も、それが主体でも目的でもなく、望む世界を現出させるための一手段に過ぎず、効果的な武器に過ぎないのだ、というのが最大の山場であったアクアス買収戦を乗り越えたあとに莉音が打ち上げた次の方針を見て、嫌というほど理解した。
一応、経済ライトノベルなんて題目を立てているけれど、これが本当に経済活動を描こうという話だったら、莉音の次の行動は明らかに、イカレ狂ってるんですよね。間違っているとすら言っていいかもしれない。でも、経済活動が莉音の最終目的を達成する一手段に過ぎないというのなら、何も間違ってない、最初から最後まで一貫しているのである。
だから、これを果たして経済ライトノベルと言っていいのか、この巻はまだしも次の巻あたりからは非常に怪しくなってくるんじゃないだろうか。そのうち必ず、革命ライトノベル、と標榜しなければならなくなってきそうに思う。
さて、あらすじにもあるように、この巻において巳継をはじめとする莉音以外の革命部の面々は、莉音に革命部に引っ張りこまれた時に匹敵する、いやさあの時を遥かに上回る意味で、人生の岐路に立たされる。
ハッキリ言って、これまでは巳継も沙織も、莉音に無理やり付き合わされ、仕方なく莉音の言うとおりに言われたことをやっていたに過ぎなかった。そこに彼らの意志や決意、覚悟というものは何もなかったと言っていい。莉音に引っ張られ、あるいは流され、どこか他人事とすら言ってしまって良い気分で、この本流の中を泳いでいたのだ。
しかし、革命部最大の危機、アクアス買収戦も佳境に入ったところで、肝心の莉音が倒れてしまう。そこで初めて、彼らは莉音が無敵の存在でも鋼鉄の精神を持っているわけでもない、自分たちと変わらない人間である事を思い知るのだ。一歩間違えれば、自分を含めて巳継たち大切な弟妹たちを破滅させかねないプレッシャーに精神をすり減らし、ストレスに体を壊してしまう、決して超常の存在ではないのだと、理解する。
絶対的な指導者であり牽引者だった存在の崩壊を前に、それに付き従うばかりだった巳継たちはだが、糸を絶たれた操り人形のように動けなくなるような無様な真似には陥らなかった。すべてを投げ出し逃げ出してしまうような愚かな真似に走らなかった。
彼らは、愛する従姉のために、自らの意志で目の前の危機に立ち向かい、自分たちだけで戦い抜く覚悟を固めたのだ。
この瞬間、革命部は莉音だけのものではなくなり、彼女は本当の革命の同志を手に入れたのだ。

ここからの対アクアス戦のカタルシスは、前の二巻のそれを遥かに上回ることになる。当然だ。仕方なくやらされてやるのと、自ら望んで勇んで行動するのでは、当事者も見ている側のテンションもまるで違う。
巳継は莉音のような先を望むビジョンや創造力も、啓太のような俯瞰的な視野も持たないけれど、覚悟を据えた時の度胸と大胆さはとてつもないんですよね。ビジョンそのものは、倒れる前に莉音が指し示してくれている。気がつかない細かいところは、啓太がフォローしてくれる。精神的に沙織が支えてくれる。となれば、あとは目の前の勝負に勝つだけ。目前のことに対する対処能力、定められた至近目的を達成する能力に関して、巳継は比類なき才能をここで見せつけるわけです。
舞台と武器さえ用意してもらっていたら、あとはなんとかしてと丸投げされても、全部綺麗にやってのける才能、とでもいうべきか。彼を社長に仕立てたのは、莉音が表舞台に立っても色物扱いされるだけで、仕方なく代役として、という部分が大方の理由だったはずだけれど、今になってみると彼こそが現場担当者としてまさに適任だったことが、ここに示されたわけだ。

アクアスに勝利し、莉音が回復して戻ってきた時の、涙涙の盛り上がりには、不覚にももらい泣きしそうになった。一巻を読んだときにはキャラクターものとしてはやってけないだろうな、と思ったんですけれどね。一巻であったようなラノベお約束の益体もない日常パートを排し、激動する革命部活動に一心不乱に励むストーリーの中の彼らを描くことで、キャラも十分立ってきた気がします。話の展開だけを楽しむのではなく、革命部の五人の家族のような絆もまた、この作品の重要なパーツになってきてくれましたしね。

そして、日本最大の衣料メーカー「アクアス」の買収に成功した上で、資金調達に関連して世界第二位の財閥スタインバーグのローザと知己を得て、さらに最大の敵だった立花社長も頼もしい仲間というか顧問になってくれて、万事順調となったところで、ついに莉音の語る革命の姿が彼女の口から語られることに。
革命革命と言いながらも、彼女が目指しているものが見えてこなかったのでやきもきする部分がずっとつきまとっていたわけですが、これで一切合切すっきりした。
しかしこれは……ローザが莉音の身の安全に懸念を示すのも納得の、とんでもない内容だぞ。ソ連という国家が誕生して現実の共産主義国家がどのようなものか露呈する前、まだ共産主義が理想として語られた時代、共産主義者が時の国家にどれほど蛇蝎のごとく嫌われ、憎まれ、恐れられたか。それを思うと、まず莉音は生涯を全うできるとは思えない。彼女の革命が実現に近づけば近づくほど、必ず殺されるぞ、これ。たとえどんな手段に訴えようと。
となると、彼女がアレを欲しがるのも必要不可欠で、否応なく納得できてしまう。できてしまうが、それは悪鬼羅刹の道だぜ、本気かよ。
いや、本気だからこそ、絶対に必要なわけか。偽善やお為ごかしじゃどうにもならない領分だもんな。しかし、なんて徹底した現実主義的な理想主義者だ。理想を叶えるためならば、それ以外のすべての現実を在るが儘に飲み込むか。

あとがきの、作者のこの作品に対する姿勢を込めた言葉の峻烈さがまた凄い。
書きたいものがある、書き著したい世界がある、それを描き出すために書く。建前も綺麗事も抜きにして、偽善もお約束も放り出し、思い描いた果てを書く。
なんてシンプルで、激しい衝動でしょう。
その果てがどのような姿をしているかはわからないが、期待は裏切られないと信じたい。

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